初上洛-07
●常識
「シャッコウってなんなんです?」
ドストライクの球を放る。するとオーガスは、
「おいおい。お前そんなことも知らないのか?」
あ、あの目は本気で呆れている。
「田舎者なので……」
言い訳がましく言ってみた。
実際、シャッコウと言う単語は何度か聞いたけれど、詳しく教えてくれる人は居なかった。
モーリ師匠もサンドラ先生も、聞いても教えてくれなかったし。
「シャッコウと言うのは、この世界に時々降りて来る神様かな?
他の世界から元の身体のままで天下って来るシャッコウと、魂だけこの世に降り受肉したシャッコウの二つのパターンがあるぜ。
前者は皇帝家を始めとする多くの王侯貴族の租となった。いや。正確にはシャッコウの子孫を名乗る貴族家は多いと言うべきかな?
後者はこの世界の生き物として生まれて来るから、人間だとは限らず魔物や魔獣、それどころか植物だった者も居る。人間として生まれて来ても、王侯貴族の血とは限らずモノビトの子として生まれて来たのも多い。
共通しているのは二つ。
一つはこの世界に降る時に身に付けた常識外の偉力だ。
最初から使える者とそうじゃない者がいるが、使いこなす為には魂の位階を上げて行く必要があると言われている。
偉力に強い弱いはあっても、シャッコウ以外じゃ使えない力を持ってこの世界に降って来る。
弱いと言っても使い方次第で世界を滅ぼしかねない物だと言われているがな。
二つ目は異世界の知恵と知識だ。本人に技術は無くとも、原理や完成形を知っているだけでも凄い事なんだよ。
みそもしょうゆも精糖技術も、オリザも輪作農法もポテトも皆、歴代のシャッコウがもたらしたり見出した物だ。リバーシもショーギもルーレットと言った遊戯も全てシャッコウが広めた物だ。
刀を鍛える技術も、陶芸技術も鉱山技術も。この世界の先進技術の殆どがシャッコウより始まると言って過言じゃない。
さて。ここまで聞いて、何か質問はあるかな?」
オーガスは僕に振る。
「料理が多いようですが、シャッコウって料理人ですか?」
「んー。故郷の味恋しさに、再現しようとした結果だと言うのが定説だが……。
中には本物の料理人もいたのは確かな事だ」
「神殿はシャッコウとどんな関係があるんですか?」
「これはあくまでもそう言われているって話だが……。
シャッコウが悪い奴らに利用されたり、その事で覚醒したシャッコウが人間の敵に回ったりせぬように保護していると言われている。
過去には禍津神になって大暴れしたシャッコウを、鎮めたり封じたり、還したりした。
眉唾物だが、そんな話も残っているな」
「今、シャッコウが存在するの?」
「そうだな。齢十二歳にして禍津神を降し、魔物の領域の解放を果たしたスジラドって奴が、実はそうじゃないのかと専らの噂だ」
「げふっ……」
今の不意打ちはもろに食らった。
「ん? どうかしたのか?」
「いえ、なんでも」
僕は知らん振りを決め込む。
「なあ」
オーガスは聞く。
「お前何しに帝都へ来た?」
「お使いで手紙を届けに来たんですよ」
「それだけか?」
「ついでに帝都見物と、帝都の神殿詣です」
「歳からして十五歳の儀だな」
「まぁ、そんな所です」
僕は当たり障りない返事をした。
「最後の成人の儀を済ませたらどうする? ここで職を探すなら、ある程度は口利き出来るが……」
「いえいえ。お構いなく。一度里帰りしなければいけませんから」
「里帰りが済んだら、帝都で仕官しないか?」
「う~ん。どうなるかはまだ……。神殿で与えられるクエスト次第ですね」
ぐいぐい突っ込んで来るが、言質を与えない様に何とか躱す。
僕は、当たり障りなく何とか躱しきった積りだった。だけどオーガスは、
「なるほど。神の試練に挑むんだ」
断片から僕の考えを読み取っていた。
「なぁ。お前は試練の果てに何を望んでる」
今までよりも音程で二度ほど、つまりハ長調のドだった音がラに下がる。抑揚にも、身を切る様な冬の疾風が籠められる。
「ここだけの話だが」
オーガスは身体を近づけ声を潜め、言った。
「神の試練は別名、王の選定と呼ばれているのは知ってるか?
なに、王と言っても色々ある。弓矢の頂点に立つ弓王。剣の道に君臨する剣王。風雅士の頂点に立つ詩王。もちろん代々の皇帝陛下も、儲けの君と成られる時に通過して来た。
帝王の道・神官の道・名人の道。それぞれの道の第一人者に為らんとする者が神の試練に挑むのだ。道を違わぬ様、その道を突き進むだけの力を証明する儀式と言われている。
お前が何を目指すのかは知らんが、試練の果てに何を望む気だ?」
その時、ふっとライディンの意識がより強く浮上した。
「帰るべき場所に帰したい人がいる」
ライディンはそう答えた。
「その後は?」
オーガスの問いにライディンは、
「それから先は、のんびり山奥で暮らすかな」
と笑うのだった。





