初上洛-06
●裏町を抜けて
どこまで行くんだろう? やけに遠回りさせる。
左右を石壁に挟まれた、馬車がすれ違えるほどの広い道を通り、番兵の見張る木戸を通って進むと、突然開けたのは何もない広場。ここから見ると切り立った崖の上に色街があった。
「ここが武神の広場。何も無いだだっ広い所だろ」
「あ、うん」
本当に建物が何もない広場だ。石畳も芝生も何もない。あちこちに掘り返した跡があるけれど、畑と言う訳でも無い。その広々とした周囲には、石垣と白い塀が連なり、あちらこちらに木戸が設けられていた。
「ここは軍を編成して出陣する場所だ。普段は練兵に使われている。別の区画へのアクセスが良いから、ちょっと寄り道した」
広場を斜め横断をして別の木戸を通過。
「ここが水の泉と呼ばれる名所だ」
女神像の持つ壷から、勢いよく水が噴き出している。その掛流しの水を小さめの壷に汲んでる女の子。
いくつ位だろう。まだ子供なのは確かだけれど。粗末なドンゴロスのような服と首輪から、モノビトだとはっきり判る。
上手く運ぶものだね。壷を頭の上に乗せて運んで行く。背筋がしゃんと伸びているから、お姫様かと見紛う所作の美しさ。その子が横を通る時、
「うん。美しいね」
何気に口にした。
「きゃは!」
綻ぶ女の子の顔。まだ舌の回らぬ甲高い声で笑い、僕の方を向くと、
「お泊りの時はぜひ! 五番街のキャラフ亭にお越しくださいませ」
頭に重い壷を載っけているものだから、頭を下げたお辞儀は出来ない。代わりに腰を屈める礼をしたが、所作はいわゆるカテーシーそっくり。よくもまあもあんなキツイ中腰の姿勢で居られるものだ。
「そうだね。寄らせて貰うよ」
社交辞令で返す僕に、
「ずっと泊まる時は、ベスを選んでね」
と、にっこり笑って歩いて行く。
「はぁ~。それ、わざとやってるのか?」
「え?」
「この一級フラグ建築士め。解んなきゃいいよ」
なんか、オーガスの機嫌が悪く為った。
この後、環状交差点の中央に立つサラサの樹とか、どこかで見たようなポージングする石像とか、国の偉人の石像に囲まれた、学びのフォルムとかを横目に通過。
「こっちだ」
ごちゃごちゃした路地を抜けると。
「ここにもあった……」
マック・アーサーやピザ・キャット等、僕にはパチモンとしか思えない外食街。
「壮観だろ。これらは全てシャッコウが創業したと言われる店ばかりだ。
ここの料理は、世界を渡りあるいは転生してクオンにやって来たシャッコウ達が、故郷を偲んで広めた物だと言われている。
「なんでこんなに並んでるんだろ」
「それはな。ここがシャッコウのために作られた区画だからさ。英雄と呼ばれたものが好むものや、彼等が建てた店などが並ぶ区画として有名なんだぜ」
これらをもたらしたシャッコウと言うのが転生者や転移者を指す言葉なら、この世界を改造し過ぎ。
「そしてもう一つ。主だった街に必ずこう言う店がある理由もあるんだが。それはシャッコウでも領主でもなきゃ関係ない話さ。
とりあえずここが、安くて早くて美味い」
人里近い草原地帯に棲む、黒毛魔牛の肉を使ったイチロー牛丼。略してイチ牛と言う店に入る。
実際の黒毛魔牛がどれほど使われているのか? 一切不明なのはこの手の店の通例だが、創業は八百年を超えるらしい。
小さな店だ。厨房の三方を囲むカウンター席のみでテーブル席は無い。
オーガスと並んで座って注文する。一杯二文の牛丼は、茶碗サイズの丼小鉢に八分の五分搗き米の飯を盛り、ひたひたの汁を掛けた物。具はモヤシと玉ねぎが大半で申し訳程度の肉が乗り、量はこれっぽっちと思うけれど、このグレード肉を使ってこの値段なら仕方ない。
味はとても懐かしい物だった。
「安いわりには美味いだろ」
ドヤ顔で言う。そして、色々と訊いて来る。
「そう言えば……」
この際だから僕は訊いてみる事にした。
今夜は藤原道長卿が望月の歌を詠んでから、丁度千年目にあたります。
往時に思いをはせ、月を仰いで見て下さい。





