初上洛-05
400ブクマ突破記念。
土日じゃないけれど記念にUPします。
●カガヤ
崩れるに任せた古い建物。沢山の掛け小屋。いわゆるスラムと言う場所だ。
こんな所にもソロバンの桁が違うだけで人の営みはある。地べたにゴザを敷いただけの店で物が売り買いされ、通貨に銭が使われている。
場違いに立派な。と言っても帝都の建物としては貧相な、柵で囲まれたレンガの家。その前庭に酒樽を椅子やテーブルにした酒場がある。
「ロア閣下に物もぉ~す!」
蛮声を上げる若い男。不要不急の工事がどうの、自説を大声で喚き散らす。
「ナンセンス! その不要な工事で職に有り付いてる同志が何人いると思う。そいつの稼ぎで酒かっ喰らってる貴様に口を挟む資格はない!」
「「異議なぁ~し!」」
煮込んだ内臓肉やカエル肉の串焼きを肴に、昼間から大勢で酒を飲んで大言壮語しながら処士横議。
「オーガス……」
良いのかと確認すると。
「ここはカガヤの店だ。これもガス抜きの一手さ。
帝都ではカガヤの店でのみ、酒を飲んでの放言は酔っぱらいの戯言と見逃されるんだ」
「ばっきゃろー!」
ガチャーン!
陶器が割れる音。客が石壁に食器を叩きつけている。
「これもか?」
オーガスはそっと看板を指差した。
――――
かわらけ一枚三文
――――
八つ当たりに買い取った陶器を打ち壊させるサービスらしい。
「じゃあ、あれも?」
ドツキ漫才で使うような大型のハリセンで、小さな子供を叩いている酔っ払い。
「ああ。あれも一発一文の商売だ。派手な音はするけれど、しょせんあれだしな。
間違って背中と尻以外を叩いたら百文払いになるし、間違いの無い様に店の者が付いている」
余りにも、僕の常識とは違う文化が目の前にあった。
「おや、オーガスはん。お久ゅうございますな」
呼び掛けたのは初老の商人。
「ああ。久しぶりだなカガヤ」
「ツレはどなたでっしゃろか?」
「ちょっと訳ありのお上りさんだ。顔を覚えて置いて損はないぞ」
カガヤと呼ばれた男は、僕を品定めするかのように眺めていたが、
「……なるほど。どこぞのボンかと思いましたが、これはなかなか」
愛想のよい含み笑いをして僕に、
「カガヤと申します。よしなに」
と挨拶をした。
「アテはこれでも、悪所の元締めの一人でしてな。
お上に刀筆の貴族様方の輿論は届けども、下民の世論は中々届きまへん。
下民と言えども数が多いでっしゃろ? 気付かず押さえつければ、いつしか溜め込んだ不平不満は乱になります。
だからこうして下民の不平不満を吐き出させ、都の治安をお守りしておりますのや。
ほいで、ここで仕入れたお話は、さる方を通してお上のお耳に入ります。
そっから先は、お上の仕事ですわな」
見た目より凄い人の様だ。僕は肩を竦め、
「オーガス。確かに僕は訳ありだけれど、カガヤさんに紹介する必要あるの?}
と反応を見る。
「ああ。大いにある。俺とお前が敵同士に為ったとしても、連絡を取る伝手があった方がいいからな。
カガヤは俺の敵でも無ければ味方でもない。中立な商売相手だ。秘密は守るし、金や地位で転ぶ手合いでも無い」
「僕と君が敵同士に?」
「ああ。好んで敵対したくはないが、時と場合によってはな。
お前は俺と同類だ。敵に回すと厄介だから、そうならないことを祈るぜ」
随分と僕を買い被っているような気がする。
「お前が戦うとしたら、何のためだ?」
とオーガスは聞いた。
「僕が僕で有る為に。もしくは僕の居場所を護る為かな」
「はははは。やっぱり、お前は俺の同類だよ。謀叛っ気が無い事を除けば、本質は同じだ」
僕には彼の言って居る事が良く判らなかった。
「どうする? ここで食うか?」
「うーん。ちょっと落ち着かないなぁ」
大声で政治批判だけならまだしも。ハリセンで背中とお尻だけとは言え、幼い子供を叩いて憂さ晴らししているような場所じゃね。
「じゃあ。落ち付ける所にしよう。こっちだ!」
一声掛けると、オーガスはこっちだとばかり込み入った道に入って行く。





