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初上洛-04

●野生の呼び声

 席はいわゆる升席だ。開演の銅鑼と共に暗幕が引かれ真っ暗になる。

 そして銅鑼が鳴る中。女の悲鳴と剣を打ち合わす音が響き渡る。


 パッと明かりが灯った。いや、あれは天窓から外の光を取り込んで、鏡でスボットライトの様な事をしているようだ。

 幕の前をよろよろと赤ん坊を抱き抱えて歩く騎士。その背には、ハリネズミの様に矢が突き刺さっている。

 舞台の下手から上手へとゆっくりと歩き倒れる。

 ふっと明かりが消え、

 ウォー! ウォォォーー! と狼の声が木霊する。


 そんな物々しい雰囲気の中、ファンファーレと共に幕は上がった。

 舞台は明るい。天窓から外の光を取り込んでいるのだろう。


 馬上の騎士。轡を取る者。万歳と言祝ぐ人達。領主の凱旋の様だ。

 そんな喜びの中。駆け付けたのは身体に矢を生やした男。

殿(との)! 申し訳ありません。カトリ様が奪われました」


 騒然となる凱旋の場。報告の後、この上は死を賜りたいと言う家臣を宥め大見得を切る領主。

 そんな一幕が演じられた後。幕が下がってナレーションが入る。


――――

 カトリ姫の行方は知れず、十二年が過ぎた。

 その頃、都に魔物の領域であるイカルガの森に棲む化け物の噂が流れる。それは人に非ず、狼に非ず。魔物に非ず。

 魔狼を率いる人型の(かしら)。人呼んで魔牙(まきば)王。

 そんな噂に、

「面白い。わしが出向いて征伐してくれん」

 第八皇子カシマの皇子(みこ)が名乗りを上げた。

――――


 幼馴染で乳兄妹で(みめ)でもあるミツキ姫が三柱(みやはしら)の神に備えた神餅(しんべい)を渡し、皇子の無事を祈る。


 ミツキ姫は歌う。

――――

♪甘く 甘く 甘くなれ

 甘葛(あまずら)よ 甘葛よ 地はたいらかに(あめ)成りて

   矛を止めんと 立つ皇子(みこ)

   (あた)言向(ことむ)け (まつろ)いて

   鬼神鎮めぬ そのほどに♪


美味(うま)し 美味し 美味し味

 (みち)の巣よ 蜜の巣よ 清静(せいせい)なるは天下の(しょう)

   高きは(しも)を (もと)と為し

   下は食()て 天と為す

   (もと)をばただし 慎まぬ♪

――――

 手づから甘葛あまずらを煮て水飴を作り巣蜜を採ったことを。

 搗かせた餅の一つには(みち)、一つには甘葛(あまずら)を入れて捏ね、神に供えて祈った事を。


 この辺りの(うたい)は、オペラのアリアを思わせた。


 そして、自分の親衛隊を連れてイカルガの森に行く途中、イヌキ・マシラ・ナキメと三人の勇士が加わって行くんだけれど。その時、神の祝福を授けた神餅を与えているんだよね。


「うーん」

 どこかで聞いたことがあるような。


 そしてイカルガの森の戦い。出て来る山賊みたいな連中は皆長い髭を生やし、マコトの世界のRPGに出て来るバイキングや向こうの世界の古代ガリア人みたいなツノ兜の戦士なんだよね。

 その族長が幼い女の子で、狼を引き連れて剣を持って戦うんだ。


 皇子と姫族長の一騎打ちで辛くも皇子は、姫族長の剣を飛ばして勝つんだけれど。

 (とりこ)にするか、それとも討つか。相手が女の子だから悩む。

 その迷いが稼ぐ間に、短剣を抜いて尚も戦おうとする姫族長。


 カシマの皇子はこの短剣の柄の紋章を見て悟った。一族引き連れて自分を援けて戦った為に、留守を突かれて攫われた姫、カトリだと。

 カトリ姫は自分の許嫁(いいなづけ)の一人でもあった為。皇子は部族の恭順と引き換えに、赦免と姫との結婚を望む。


「勝負は時の運だ。本当に負けたわけではない」

 と言う姫を相手に、

「ならば、兵を集めて戦え」

 と解放するカシマの皇子。手を変え品を変え、放免しては再戦を繰り返す。

 カトリ姫の友として現れるゴブリンの族長やオーガの大将。はては森に棲むドラゴンまで皇子の軍と戦い負かされて行く。

 そして放って戦い捕らえる事七度目。遂に心から降伏するカトリ姫。共に戦った魔物達も皇子に心服した。

 ここに魔物の領域の一つが解放され、カトリ姫はカシマの皇子の妃となった。


――――

 この後、魔物の軍勢を率いるカシマの皇子とカトリ姫は地方叛乱を鎮めた後、臣下降下して公爵家を立てた。

 そして死後は武神の従属神として、カシマの神・カトリの神として祀られたのである。

――――

 音曲の鳴り響く中、ナレーションが流れる。


「ふー」

 劇場映画を見終わった様な感覚だ。


「お前、大した奴だな」

 オーガスが言った。


「え?」

「俺が気付く前に気付いていただろう」

 ああ、あの事か。僕かオーガスのどちらかが狙われていたみたいなんだけれど。

 身構えた時にはふっと殺気が消えていたあれね。


「なんのことかな?」

 しらばっくれてみる。

「まあいい。敵も馬鹿では無かったと言う事だ。暫くは、帝都に居る限り狙われる事も無いだろう。

 って言うか。俺のシマに手を出すほど愚かなら、その報いをくれてやる」

 オーガスは口辺(こうへん)を吊り上げて哂う。


 そして、

「ところでそろそろ昼過ぎだ。ちょっと遅いが飯でも食わないか?」

 気に入ったから奢ってやるよと僕に持ち掛けた。


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