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誘拐-03

●廃屋の学校で

 辛うじて屋根と壁のある廃屋は、教団を名乗る有志によって運営される学校だった。甘いジュースや食べ物でスラムの子供逹を集め、読み書きと計算を教えているようだ。そして道徳に当たる宗教教育。


 因みに、この世界には無数の神々が居る。

 天地開闢の神や地水火風など元素の神を初めとし、ありとあらゆるものに神は宿る。

 つまり、国ごと土地ごと、種族ごと民族ごと部族ごと。いや家族ごとにも存在する。

 祖先に英雄、山や川。果ては信義、忠誠、礼儀正しさと言った徳目も神格化されている。

 そして神格の高さ霊験のあらたかさは、人々の信仰に比例する。これがこの世界の宗教感だ。


 さて彼らが信じる神だが、過去と未来と今を司る三柱(みはしら)の神。三つに居まして一つなる時の神だと言う。

 彼ら曰く時の神は三つの神格を持つ。

 すなわち知識と記録の験能を持つ過去神・(ちいさ)き者の護り神にして御法(みのり)(きみ)御書(みふみ)(きみ)たるイクイェヂ・ホート・マーメィ。

 すなわち予言と希望の験能を持つ未来神・博愛の神にして姫巫女なるオーカ・ヤティコ。

 そして選ばれし者に、機会と七難八苦と戦いを授ける主神にして現在神イズヤ。その苛烈なる試練が故に、このイズヤの神格は邪神の異名を持つ。


 さて、こうして学校を主宰する彼らは、稚き者の護り神イクイェヂ・ホート・マーメィの眷族を名乗る人々と言う訳だ。

 有志の先生は女性の方が多い。ただ治安の問題なのか、子供逹を集めるのは専ら男性の役割らしい。

 子供達の殆どが襤褸(ぼろ)を纏った裸同然の酷い格好だが、中には街で物売りをしているのか、天秤棒と籠を携えた子が居る。そしてスラムの子では無いのだろう、靴を履きまともな服を着ている子供も混じっていた。


 リンゴーン! リリンゴォーン!

 その時お昼の鐘が空に響いた。

「坊や。お嬢ちゃん。ここに来た子供は誰でもご飯を食べて行く決まりよ。お勉強は兎も角、ご飯だけでも食べて行きなさい」

 有無を言わさず、僕もネル様もテーブルに着かされた。

「あれ? さっきの人は?」

「用事があるので帰ったわ。教団の活動はね。それぞれが無理なく出来る事をするの。そうじゃないと長く続かないわ」

 気が付くと先程スジラドをここに案内した男性の姿はもう居ない。

「お姉さん。なんであの人、あんな格好してたの?」

「他人にはそれぞれ理由があるの。立場的に公に動けないからと言って、神様が望まれる行いを諦める法は無いのよ。教団は正体を隠した奉仕活動も認めているの。やらない善行よりやる偽善の方が人を救うものだから」

 そう言う教義なのだろうか? どこから見ても怪しい風体の男だったのに、誰も気にしていないのが清々しい位。


「二跳び! ニ、四、六、八、十、十二……」

 子供達に昼食を振舞うと午後の部の始まりだ。身形(みなり)の良い若いお嬢さんのような女の人が、一抱えもある巨大なそろばんの玉を弾きながら唱える数に、子供達が唱和する。二十まで読み上げると次は、

「三跳び! 三、六、九、十二、十五、十八……」

 これまた三十まで一緒に読み上げる。次は四跳び次は五跳びと九跳びまで続けた。

「お免状の無い子はこのまま。初級のお免状を貰ってる子はお兄さん先生。それより上は被り物をしたお婆さん先生です。移動!」

 子供達は一斉に担当の先生の所に移動する。

 がやがやしたお喋りが静まって、一区切りした頃。お嬢さん先生は小箱を沢山取り出して、

「今からおはじきを貸し出します。取りに来て下さい」

 一塊になって集る子供達にお嬢さん先生は、一人に一つずつ小箱を配り始めた。


「……あら? そこのあなた達。まだ受け取って無いよね。もじもじしないでこっち来なさい」

 大方済んだ所でネル様は、服の代わりにドンゴロスのような粗い布袋の破れを、綴り合せるように身体に巻き付けている子供二人に声を掛けた。

「さぁ、恥かしがらずにこっち来ると良いよ」

 気後れしていると思ったネル様お嬢さんが近づいて行く。手を引こうと右手を伸ばしたその時、僕は見た。真っ赤な瞳がギランと光るのを。

「ネル様逃げて!」

 声が響いたのが一瞬だけ遅かった。僕の声の後半は、

「きゃあ~!」

 お嬢さん先生の悲鳴にかき消されたのだ。


 ネル様に襲い来るらんらんと輝く紅い目の魔物。そいつの(ひとみ)は小さく絞られている。ぞくっとする痺れが僕の背中を骨に沿って走った。それで一瞬出遅れて間に合わないと思ったその時。

「ネル様!」

 (まろ)ぶように躍り込んで来た者が、身体ごと木剣をそいつにぶつけ、壁に向かって跳ね飛ばした。

「デレック! 助かったわ」

「ここは俺に任せろ! 不埒者め顔を見せろ!」

「ぐぅあぁぁぁぁ!」

 襤褸を脱ぎ捨て露わに為ったその顔は、

「ゴブリン!」

 なんでと言う戸惑いを覚えながらも、デレックは短剣で斬り付けて来たゴブリンの攻撃を払う。

「スジラド! ネル様の傍で護れ! 俺は前で防ぐ」

 魔物と判って遠慮の要らなくなったデレックの突きは、木剣だろうと殺しの術だ。腹に食らったゴブリンが血反吐と泡を噴く。だが流石に子供の力と木剣では一撃で斃すには至らず、もう一匹と手負いで逆上したゴブリンとの攻撃に防戦がやっと。


「うぎゃー!」

 緊迫した空気の中、後方にいた教団の男の人が血煙を上げて倒れた。

「なんだとぉ!」

 新手のゴブリン、その数五匹。皆紅い目の恐ろしく凶暴な奴らだ。

「男衆、エドマンド卿を守れ! 閣下と一緒に子供達を逃がすぞ!」

 被り物をしたお婆さん先生が指示を飛ばす。

 エドマンド卿と呼ばれた人は、中級者担当のお兄さん先生だ。頭は良さそうだけれど、どう見ても腕っぷしはからっきしに見える。多分、今の僕でも勝てると思う。


 あー。やっぱり避難が遅れてる。さっきの一斉に取りに来た様子を見ても判るけど、この仔達は集団行動を教えられたことが無いんだ。と、言うか。幼稚園児に見事な行進させる現代日本が特殊なのかも。

「何よぉ! 男なら戦いなさいよ!」

 ネル様は言うけれど、

「武器を見繕って来る。それまでなんとか凌いでくれ」

 そう。魔物相手に素手で、しかも子供達を庇いながら戦って斃すなんてのは無茶だ。

「心得た! ネル様。俺とスジラドから離れるなよ! スジラドは後ろから来る奴を頼む」

 デレックが胴震いして、

「うぉぉぉぉぉ!」

 と吠えた。


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