初上洛-03
●巨大都市
「どうだい。こんなのが後、十九本もあるんだぜ」
これが魔物の水道橋。確かに人間が作ったとも思えない程、巨大な建造物だ。高さは街に入る時点で二十メートルはある。
完全武装の兵士が十人も詰めている柵の前で、
「観光です」
と告げて、二人分の観覧料二十文を支払った僕達は、保守用の階段を使い水道橋の上に登る。
遠い水源地から高低差だけで水を引いて来るこの橋は、何箇所かに中に放水口があった。極端に描けばU字型に降って登る水路の底で放水し、長い間に少しずつ溜まって行く土砂を外部へ押し流す仕組みだ。
掃除の為の立坑も何箇所かにあるらしい。
「こっちこっち。良い眺めだろう」
「随分高い所ですね」
感心する僕に、オーガスは両手を目一杯横に広げて、
「庁舎や貴族の邸宅に水を流すのに、こんなに太い水道管を使っている」
と自慢気に言う。
水道は掛流し。貴族の邸宅や庁舎には個々に引かれているが、平民の集合住宅や生簀を使う魚屋を除く商店の場合、最寄りの共同水汲み場まで行かねばならない。
因みに掛流しだから、汲まなかった水は中水道に流して宮城内にある田園の灌漑に使っているのだとか。
それにしても。と僕は思う。
帝都オリゾのオリゾとは、地平線を表す言葉だけあって万事物差しが違う。
眼下に臨む街並みは平民街。ここからだと貴族街は遥か向こうで良く判らない。まして、宮城は森や田園地帯のさらに向こう。ここから二十キロ以上離れていると言うから、障害物が無くても計算上は地平線の遥か向こうになる。
あれ? 色街の裏手にあるあの何もない区画は何だろう? あそこの門の外が大きく飛び出した馬蹄形の城壁と濠になっていて、その根元左右に出口があった。そしてそこから街道まで、沼畑に挟まれた砕きレンガの道が伸びている。
オーガスは右手を小さな輪を描くように動かして、
「後ろの、城壁近くが集合住宅。あの辺りが商店街で、あちらが官庁街。
そして、そこの掘りで隔離された小高い場所が色街だ。狭い坂道の向こうだから、風雅士なんぞは『狭斜の街』とか洒落た言葉で言ってる」
「へー。そうなんですね」
「因みにお代はピンキリだ。一度で二十両飛ぶ高嶺の花もいるが、普通は十匁から四匁もあれば済む。
金がないなら色街の外で楽しむといい。廉い遊女は二十四文から買える。色街の近くで柏手を二回したら、どこからともなく現れる女だ。
もっとも、そんなの外で敷いたゴザの上でやるような連中だからお勧めはしないな」
いや。そもそも買う気ないんですが。
「あはははは……」
渇いた笑いを僕はした。
「そっちじゃないならお勧めがある。今、ヴァルチャー一座が公演中だ」
「ヴァルチャー一座?」
「歌って踊るお芝居やってる連中さ。中央公園の小劇場でやってる。今度の演目は見ものだぞ」
「う~ん」
僕が渋っているのを見るとオーガスは、
「判った! 面白く無かったら、芝居の代金俺が払う。さあ行こう」
悪い事じゃないけれど、かなりお節介なんだよね。
街中は石畳のせいか街路樹の類は一本も無い。成長した根が石畳を損なうからだ。
代わりに陽の当たる表通りでは、プランターで花や葉野菜やハーブの類を植えている。鉢植えのベリー類やかんきつ類。プランターを使ったヘチマの棚なども散見する。
そして、そんな緑を得られない人達の為に、憩いの場として中央公園がある。
「ここが中央公園だ」
一帯は赤い砕きレンガの道が通る、一面の芝生に覆われた広い場所。散歩をしたり、芝生に座ったり寝転んでいる人が居る。
和む場所だ。花壇に花は咲き誇り、あれは梅、隣は栗、あちらはリンゴの樹かな? あちこちに食べれる実の生る木が植えてあった。
数か所に飲める水の噴水がある。実際にぽつぽつと噴水から瓶に水を汲んで行く子供の姿がある。
なんだかマコトの記憶にある北海道・京極町のふきだし公園だね。
丸太の柱に支えられた赤い屋根の四阿が五つ。それらの屋根の下に丸木のベンチが二つ置かれており、ベンチの間には炉が切られている。
「田舎には無いのか? 祭りの時は、あそこで煮炊きする。使用料は掛かるが、空いていれば誰でも借りられるぞ」
見詰めていたらオーガスの解説が入った。
ここから物売りも見えるが、売り子は子供しか居ない。昔の駅弁売りのように首に吊るした箱を抱え持って食べ物を売っている。
「ん? あれか? 公園内の商売は、祭り以外じゃ孤児院の子供しか駄目な決まりなんだ。おーい」
オーガスが手を振ると、物売りの子供達が寄って来た。
「炒り豆とリンデン湯を頼む」
「はーい」
紙皿代わりに大きな葉っぱで豆を包み渡してくれる。コップも何かの葉を折って作った物。
「僕も同じ物を」
これは観光案内の物と違うから、別口支払いで二文。量は口寂しさを紛らわす程度だ。
あれ? 今、売り子の男の子がオーガスに何か手渡したみたいだけど。何だろう?
僕に対して殺気の類は感じられなかったから、
ボリボリ齧りながら歩いて行くと。学校の体育館くらいの建物が見えて来た。
「ほら、そこの木造の建物が劇場だ。見た目はボロいが、設備は最新なんだぞ」
余程僕に見せたいらしい。ドヤ顔に成り掛けたオーガスの顔。
演目は魔牙の少女カトリ。看板絵はターザンばりの女の子版と同じ顔の貴族のお姫様。
それはそうと。
「五十文って……」
僕が彼に支払ったのは十文だ。
「何でそんなに見せたいの?」
僕が聞くとオーガスは、
「帝都には良い印象持って貰いたいからな。なぁに、お前は絶対支払うよ。それだけの価値があるものだ」
オーガスは笑いながら僕の手を引いた。





