初上洛-02
●問い掛ける者
入り組んだ道にお祭りの様な賑わい。
市民街の城壁側はレンガ造りの建物が立ち並ぶ。地震が無いのかそれとも免振の仕組みがあるのかは判らないが、屋上付きの二階から三階建ての建物が主で殆ど同じ造りだ。外階段で上がれる二階以降のバルコニーに扉が設けられている。
道は全て石畳。街の大きな通りは中央に銅像の立つ環状交差点を採用しており、馬や荷馬車や乗合馬車が行き交う交通の流れはとてもスムーズ。
中央広場を超えると今までとは少し違う建物が並ぶ。一階が商店で二階が住居と思われる商店街だ。
こちらは野菜・肉・パンのような必需の食料品。あちらは古着屋と端切れ屋。
あ、乗合馬車の停車場近くにも、宿屋を兼ねた居酒屋食堂がある。
きょろきょろと見ていると。
「よぉ、お上りさん。帝都は初めてか?」
物見遊山な雰囲気のスジラドにフードを被った男が声を掛けて来た。
声からすると、まだ少年期の終わりと言っても良い若い男の声だ。
顔を隠しているが、隠せない口元には髭が無い。剃っているのか生えていないのかは判らないけれど、生えていたとしても生え始め。剃って髭の跡が見えない程度のものであろう。
「ええ。まぁ……」
言葉を濁すと。
「俺はここらじゃちょっと名の知れた、グリーンウッドのオーガスって者だ。帝都は、誰でも入れる所じゃ官庁街以外ごちゃごちゃしてるからな。見物するのも一苦労だぜ。
良かったら案内してやろうか? そうだな。只じゃ気味悪いだろうから、お代は十文でどうだ?」
なるほど。お上りさん相手の商売か。
一文は現代日本の価値で大体百円前後。千円程度の出費なら、現代日本のファーストフードで食べる位。
「まあ、その位なら」
「よーし。商談成立」
帝都の見所を案内して貰う。
「先ずは隠れた名所だ」
おかしな格好の女神像だ。象の耳を持ち、見た目おたふく顔のおばちゃんと居た感じ。
そして右手の掌に大粒のオレンジを持っている。神様だ
「ここがあの有名な女神、アナーヤ・ニユウォアイスの祠だ」
有名と言われても僕にはよく判らない。
「えーと。どんな神様?」
聞いたことも無い名前なので首を傾げると、
「夫婦仲の守り神。夫婦喧嘩を仲裁する神様だ。
あーご利益は。愛し合って居るはずなのにすれ違って関係が悪化した時に何とかしてくれる、かも知れない神様だ」
「えー!」
何とかしてくれるかも知れないって……。何それ?
「っと、先約が居るか」
女神を横に、テーブルを挟んで向かい合う男女。朴訥な職人風の男と、威勢のいいお侠な女の組み合わせだった。
「聞いて下さい女神様!」
女の人が、女神の掌から石のオレンジを手に取ると口を開いた。
「うちの宿六は、甲斐性も無いのにここ一月。来る日も来る日も色街通い。
どうせあたしは色香も衰えた婆さんですよ。でもね女神様。化けべそのあたしだって一二、三、四の頃は、この人が毎日のようにあたしに逢う為、働いてる小料理屋に通ってくれたんですよ。
ねえ女神様。解ります?
器量良しかと聞かれれば、誰よりあたしがまさかと言い。気立てが良いかと問われればあたし自身が首を傾げる。
賢いでもない、化粧上手と言う訳でも無い。生まれも財産も、大した取柄もない。そんなあたしを好きだと言ってくれたこの人の言葉が、どんなに嬉しかったことか?
女神様。
今もあたしは、何の取柄もありません。いいえ、当時持っていた若さも失ってしまいました。
だからこの人が、若さも美しさもある遊女に入れ込むのは判ります。解りたくないけど解ります。
人は悋気を隠せと忠告します。だけどあたしには世界にたった一人、この人しか居ないのです」
言いたいことを言い終えると、女の人は石のオレンジを女神の掌に置いた。
「聞いて下せぇ女神様!」
変わってオレンジを取ったのは男の人。
「好きで所帯持った女でやす。長年連れ添った女房でやす。
けれどもたった一つだけ。そんなあっしでもどうにも困った瑕があるんでやす。
悋気激しく、一旦かーっと成ったら最後、ちっとも人の話を聞きやしやせん。
あっしが何か言おうとすると、言い訳は聞かねぇと、物を投げ箒を振り回す始末。
誤解を解こうにも取り付く島さえありゃしやせん。
こいつは浮気と言いますが、あっしなんぞ金を出そうが上辺の笑顔くらいしか買えやしませんって。
遊女連中には皆、心に決めた男が居て、年季明けか借金の完済を待ちわびてます。
だからあっしは、色に迷って通ってるんじゃありません。大恩ある親方の孫娘のお嬢さんが、借金の為に遊女になったのでやす。
女神様。
三柱の神様が定めた掟により、モノビトに元に戻らぬ傷を負わせた場合は、その傷ゆえに解放することになっておりやす。
その為春をひさぐ遊女は全て自由民の建前で、借金を返済すればいつでも遊女を止めれやす。
だから今、借金叩き返してお嬢さんを自由の身にする為、一番弟子のカズマが方々金策に回っているんでやす。あと少し、あともう少しなんでやす。
お嬢さんには是非とも潔い身体でお嫁に行って貰いてぇと、弟子共一同願っておりやす。
そのため、交代でお嬢さんを買い切って、操を護っているのでやすが……。
女神様。
この阿呆と来たら、ちっともあっしの話を聞かねぇんで。
やれ離縁だ。やれ後添え娶らせてやるから首括るだの。聞き分けの無い事ばかり言うんでやんす。
どうかこの悋気で見えなくなった目を開いてやっておくんなせぇ」
そこまで言ってオレンジを置いた。
「なるほど。こう言う仕組みなんですね」
仲直りに至る一部始終見届けた僕は苦笑いした。
「そう。アナーヤ・ニユウォアイス女神の決まりは一つ。一度に訴えるのは石のオレンジを持つ唯一人のみ。訴えを遮る者には神罰が降るとされている。
仕組みは簡単。言いたいことは全て言え。そして相手の言い分を聞けって言う話だ。
まあ、ここに来るのは夫婦や恋人同志だ。言いたいことを邪魔されずに吐き出してる内に、なるようになるものさ」
流石に僕も、観光案内で夫婦喧嘩を見物するとは思わなかったよ。
「次の名所は魔物の水道橋。いつ誰が創ったかも定かじゃないが、帝都を潤す水を運ぶ巨大な建造物だ」
オーガスは、こっちこっちと手招きした。





