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初上洛-01

●お役所仕事

 帝都は二つの大河に囲まれた七つの丘陵を中心に築かれた大都市だ。

 その規模たるや、城壁に沿って歩いて回れば一周三日掛かると言われる。つまり、少なくとも聖書にあるニネベの街くらいの規模はあるのだろう。


 最も北側の丘陵の上に築かれた皇城は、その北側の田園と狩りの出来る森を囲む堤を兼ねた高く幅の広い土塁とその外側に配置した運河を兼ねた濠で囲まれ、他の市街地とは石橋でのみ繋がって居る。

 また何時の頃からか、街の五つの大門の外側にも人が住み着き、今ではそれぞれを囲む城壁が築かれて、それぞれが小規模な街と成って居た。


 物資の補給を兼ねて、帝都の官庁街を訪れた僕達は、ネル様より預かった叛乱の意志も家督争いの意志も無い事を(したた)めた誓詞を正式に提出しに、政庁を訪ねる。


「読み書きは出来ますか」

 受け付けは平民である下吏が担当している。

「これが見本です」

 ガリ版刷りの申請書用紙とその記載見本を渡された。


「うへー」

 実利と効率を重視する弓の貴族の書類とは全然違う。ある意味どうでも良い部分がやたらと面倒だ。

「それでも、この数年でかなり改善されたんですよ」

 と受付の人は言う。

「確かに……」

 選択肢に丸を付けたり、内容を普段使いの言葉で書かせる欄があって、それを係の者がお役所言葉に翻訳してその下の欄に転記するようになっている。


「誓詞の預かりと記録ですね」

「はい」

「手続きは大変ですが、今ここで記入する受付日時が有効となりますのでご安心を」

 そう言われ、指示通りに記載し同じ物を三通作成。

 印紙を貼り、割り印が()され、番号札を受け取って別の窓口へ。そんなこんなを何度繰り返したか判らない。

 建物の移動五回。通算窓口二十八箇所。やたらと時間が過ぎて行く。


「もうこんな時間だ」

 三人手前で窓口が閉まった。


「ご苦労さん。お、結構頑張ったね。あと少しだよ」

 官庁街の門で、チャック様はにこにこと笑って僕を待って居た。

「今夜の宿は取ってある。小間使いは付かないが、お風呂のあるそこそこの宿だよ」

「感謝します!」

 思わず声が明るくなる。


「いらっしゃいませ。生憎本日は……。失礼しました。お帰りなさいませ。お風呂になさいますか? お食事になさいますか?」

 チャック様から渡された宿の木札を見せると、どちらを先に済ますか聞いて来た。

「お風呂を」

「畏まりました。今、焼き石をお持ちします」

 この答えに、風呂と言っても湯船は無くサウナで有る事に気が付いた。


 脱衣所で脱いだ服を入れた篭ごと番人の老爺に預ける。浴室は玉砂利が敷かれた床で、水を(たた)えた

大甕が二つ置かれており、入口にムシロを垂らした土で出来たカマクラのような物が鎮座している。


「焼き石をお持ちしました」

 二人掛かりで、棒を通した五十センチ立方の金網一杯に詰まった焼き石が運ばれて来た。

 それを土のカマクラの中に運び込み柄杓で水を掛ける。

 シュシュー! ジュルルー! 濛々(もうもう)と立ち込める湯気。


「奥にベンチと塩壷があります。どうぞごゆっくり」

 竹の垢掻きを渡された僕は、ムシロを潜って中に入る。

 殆ど真っ暗だ。それでもムシロから洩れる光で辛うじて奥にベンチと壷があるのが判った。


 湯船が無いのが残念だね。でもこうして蒸気を得る風呂は、湯を沸かすよりは経済でタオルで拭くよりは清潔だ。

 湯気に毛穴の開くのを待って削ぎ集める様に垢掻きを使うと、面白いようにポロポロと落ちて来る。

 その後横の壷から塩を取って、頭や脇や首筋や耳の後ろや鼠径部等に擦り込むのが作法だ。


 塩と言っても、食用に堪えない質の悪い塩に、暖炉や竈の消し炭()じりの灰を混ぜた物だ。塩と言うよりは泥を塗ってる感じがする。


 頃合いを見てサウナを出、大甕から水を汲んで汗と垢と擦り込んだ塩を洗い流す。水は玉砂利を抜けて排水される仕組みになっているのだろう何杯掛けても床に水溜りは出来なかった。

 すっかり洗い流し終わると、水で締まった僕の身体から汗の(にお)いが消え失せていた。

 湯船に浸かる程じゃないけれど、一日の疲れが吹っ飛んだ気がする。


 下着を替えて服を着込み、パンとスープの簡単な夕食を取る。井戸で冷やした麦湯を飲んで、一息つく頃には日が暮れていた。


 翌朝。政庁が開く前から列に並び、ほぼ一番の組で手続きをして貰う。

 またもやあちこち駆けずり回らされたけれど、誓詞は七人の公証人立会いの下による、儀式めいた大袈裟な手続きによって無事受諾。これで神殿で自ら遠慮している限り、もうネル様に累は及ばない。


「終わりましたね」

 僕が伸びをしながら口にすると、

「なんとかね。ネルは神殿から自由に外出できないが、一先ずは安心だよ。

 どうだい? この機に帝都見物でも。貴族街には入れないが市民街にも皇城は面している。

 実の所、市民街から見る皇城のほうが見事な眺めなんだよ」

 と、チャック様に勧められた。


「チャック様は?」

「僕かい? 僕はこれからお家騒動関係の書類を調べて対応しないといけないからね。

 ネルの跡目関係や配下のデレックの関係やら、書類上でどうなっているのか調べる必要がある。


 たとえ跡目の目がなくとも、ネルはカルディコットの大姫だ。婚家への持参金や化粧料けわいりょうとして、然るべき財産が用意されて居なきゃおかしいんだ。

 そのためには領地の旧名等も調べて、きちんと土地関係の書類を各方面にも出しておかなきゃ、誰かさんの横領に対抗できないんだよ。

 これには半端じゃなく時間が掛かるから、街の散策でも行っておいで」

 そう言ってチャック様は、僕と入れ替わる様に官庁街の雑踏に消えて行った。


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