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エピローグ

●別離

「やはりか……。いや、予想通り想像の斜め上を行っている」

 読み終わったアイザックの顔は苦悩に満ちていた。

 弟からの(ふみ)は散々な内容だった。

 添えられたタジマからの告発状を見れば、フィンも頭を抱えたことだろう事は想像に難くない。


――――

 伯爵御継嗣(ごけいし)様に物申す。


 アウシザワはタジマ初代よりの本領にて、エルフとの盟約に因りて拓かれし街なり。

 古来より交易の場として自治が尊重されし土地にしあれば、歴代のカルディコット伯より安堵されし地。

 主家と言えど焼き働きなど言語道断にして没義道(もぎどう)の極み。


 ()くもおさおさ無き慮外な仕打ち。手向かい致すはただ恥有る者の一分にて、是非(ぜひ)もなしと思召(おぼしめ)せ。

 サイ・スジラド殿との連袂(れんぺい)も、(ひとえ)に火を防がんが為の仕儀なり。


 (かしこ)き筋の屯倉(みやけ)や薬草畑もあり、此度(こたび)の焼き討ちの件、オリゾの都へも報告せざるを得ず。

 (くん)に忠なれば(しゅう)に忠ならず、主に忠なれば君に忠ならずとタジマの進退(きわ)まれり。

 ついてはカルディコット家より賜りし、シラトリの(みなと)を返上致したく存じ上げる。


(後略)

――――


 いきなり物申すとは穏やかではない。しかも御継嗣様と来た。つまりまだ当主と認めた訳では無いぞと公言しているのだ。タジマの怒りのほどが知れよう。


「これほど滅多にない無礼な仕打ちか……。俺でもこう書くわな」

 ジェイバートの遣らかしが酷過ぎた。

 咎無く本領に焼き討ちを掛けられたのだ。座視する武士(モリビト)など居るはずもない。


「スジラドを罪人扱いなど、ジェイバートの勘違いも酷いが。仮にスジラド追討の命を下していたとしても、消火の為に共闘したタジマを裁く法も道理も無い」


 問題なのは街の中にある(いち)が朝廷の蔵入地であることだ。小商いの場所代や店売(たなう)りの上納金から、朝廷に税が納められている。万が一ここを焼いていたら朝敵の汚名を被っていたことだろう。

 他にも神樹の恩恵を被った、霊薬の材料となる他に変えの無い薬草園など、放置すれば一大事となる場所も多い。


「参ったな。朝廷に事の次第を報告しなければ為らぬから、朝廷への忠義とカルディコットへの忠義の板挟みになった。だから朝廷に報告する代わりにカルディコット家が与えた領地を返上するか……」


 言葉こそおためごかしに飾ってはいるが、タジマが左遷の形を取ってまでうちと距離を置いたことは明白だ。

 どうしてこんなに面倒なことに成ってしまったのか?


「かくなる上は、スジラドを取り込むことは断念せねばなるまいかもしれぬ。

 子飼いが将として当てに為らぬ以上、直隷(ちょくれい)の親衛隊を中心に命令系統を固めて行かねばどうしようもないな。

 やりたくはないが、治安部隊は将ごと賃雇いで揃えるしか無いか」

 一人ごちながら、アイザックは当初の予定が修復不可能な位に瓦解したことを悟った。

 それでも、

「こうなっては、ナオミを派遣していた事だけが細き(よすが)か」

 北の大地開発の中枢に送り込んだ乳兄妹(ちきょうだい)を思う。彼女が主計を抑えている限り、よもや向こうから仕掛けて来ることはあるまい。


「お呼びですか? 御大将(おんたいしょう)

「グンペイか。今より百騎長を命ずる。手に余りかつ一刻を争う事態で無ければ、必ず俺に指示を仰げ。

 そのうち文官を副官として付ける予定だ。(いくさ)の駆け引き以外については、必ず意見を聞くようにしろ」

「畏まりました。拝命致します」


 まだ早いと思うが勝手働きをしない男だ。地位が人を創ってくれることを願おう。

 俺は武神様に心の中で祈りを捧げた。


●待ち伏せ

 運河を行く川船を待つ船着き場。アウシザワの神樹の膝元に僕は佇んでいた。

 ロバの背で荷物を運ぶ商人が、

「兄さん。これからどこへ行かれるのかね?」

 と訊いて来た。


「帝都オリゾへ向かおうと思っています」

「なら途中まで同じだね。剣を下げて、遍歴修行の旅かい?」

「まぁ、そんな所で」

「良かったら一緒に来ないかい? 腕には自信あるんだろう? 小遣いくらい出すよ」


 ここからオリゾまでの街道は、殆ど魔物の類が出ない地域だ。

 但し、道中土地の顔役の私兵と出くわして、保護料という名目で通行料を求めて来ると言う。

 断ればたちまち盗賊と化すあたりはお察しだ。しかし難所を安全に通してくれたり、野獣などに出くわしたら護ってくれる。実態は護衛の押し売りのようだ。


「奴らはハガネモリビトの隊商には近寄って来ないし、戦える者がいれば料金を負けてくれる。小遣い程度ならお釣りがくるのさ。兄さんの分を支払ってもね」

「あ、いや。ちょっと仔細がありまして……」

 言葉を濁す僕に、

「そうかい? 残念だね」

 商人は残念そうに苦笑い。


 やがて船が来て、運河を抜け来た時と逆手順で堤防を抜けて河へと抜けた。そして街道に面する船着き場で降りる。

 ネル様には悪いが、ここより別行動させて貰う。これより帝都オリゾへ向かい、必要な手続きを済ませて来る積りだ。

 彼方に見える森に向かって一礼し、街道を歩き出そうとした時。


「あんた。一人でどこへ行く気?」

「ネル様!」

 旅装束のネル様が現れた。


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