十五而立-05
●言い訳はごめん
天窓と南壁の窓。陽を目一杯受け入れて明るい部屋で有る筈なのに、重苦しい空気が部屋を支配している。
光は後ろと真上の雲母格子から射し込んでいる筈なのに、北の上座の席から放射されているような錯覚を覚える。
「で。どうしてこうなった?」
アイザックは帰還したジェイバートにそう尋ねた。
――――
・罪人を匿うモーリとカサンドラの造反により負傷者多数。
・ハガネモリビトの敵対。
・タジマ家の非協力。
・スジラドの反撃により死傷多数。モリ・タジマの勝手により敗退。
・罪人を匿いし街を火攻め。
・モリ・タジマの造反。
・カルディコット領を人質にスジラド自立を宣言。
――――
書面報告は、簡潔過ぎて結果は判ってもどう言った経緯でそうなったのか理解に苦しんだ。
それではと呼び出し、口頭説明させると、言葉があまりにも足りな過ぎる。
「黙っていては判らんぞ。どうしてこうなったのか理由を述べよ」
「言い訳は申しません」
ジェイバートの返事にアイザックは頭を抱えた。
先ず、罪人とは何だ? 客分でもあり長期契約の権伴二人を敵に回した?
どう言う経緯でハガネモリビト達と揉め事に為り、タジマ家と隔意を作ったのか解せぬ。
判っているのはこやつがスジラド達を襲い、返り討ちに遭ったと言う事だけだ。
街を火攻め? それは最早戦ではないか。
タジマの造反の理由も、スジラドが自立を宣言する理由もさっぱり解らない。
やはり人選ミスか? あろうことかジェイバートめは、説明を言い訳と考えている節がある。
「もう良い。下がれ」
「はっ」
ジェイバートが退室すると、アイザックは大きくため息を吐き、卓の上に両足を投げ出した。
「所詮は銀将か。俺の駒で最も疾いが、脇が甘いし暴れ出したら止まらん。
素直に引くことを知らぬ猪めが。これでは何も判らん。フィンからの続報待ちか……」
●暗部の報告
暗部よりフィンに報告が上がったのは、夜も更けた頃だった。
虫の音が騒がしく響く頃。
「戻ったか?」
「御意」
どこからともなく仮面の男が現れた。
「時系列順に報告します。
最初にジェイバート殿の隊がカサンドラ導師の館を襲い、居合わせたモーリ殿も含めた戦いとなり兵を損じました」
「いったい何をやっているのだ? 兄貴は何を命じたのだ?」
襲撃の理由をフィンは問う。
「ネル様とスジラドの確保です」
「それがどうして館襲撃となるのか意味不明だ」
「先触れも出さず、いきなり完全武装の兵三百で押しかけた模様です。結果はゴーレムとの戦いで手痛い目に合わされ、負傷者多数を出したよしにございます」
フィンは渋い顔をして、
「兄貴の家来だから、仕方ないか……」
武勇と忠誠心は充分だが、学の有る者がほとんどおらず。将としては、思慮が足りないか兵を率いる能力が足りないか。と報告を受けている。
「その後、ジェイバート殿は街道で岩山越えを行ったネル様御一行を捕捉するも、ハガネモリビト達の隊商と合流を果たしたため、捕縛を諦め出直します。
そして、主殿が遣わしたタジマ家より武器糧秣の補給と兵の補充を受けると、邀撃計画を立て実行。
ハガネモリビトとネル様を分断するも、ネル様の馬車が摩訶不思議な方法で湿地帯を通って後方に回り込み、ハガネモリビトの戦車陣との挟撃を敢行したため、散々に負かされました。これがその時の絵図です」
「うーむ。ネルとスジラドの方が一枚上手と言う事か。しかしたかが馬車一台。
ジェイバートの隊は全て脚の早い騎馬と聞く。早々に退かば犠牲は少なかった筈だが……」
「退くは恥とばかりに攻撃を続け、見かねたモリ殿が撤収を指揮なさいました」
「兄貴んとこの家来だからなぁ」
さもあろうと合点は行く。
「それで? 続けてくれ」
「ハガネモリビトの隊商と共に、ネル様御一行は神樹の街・アウシザワに至りました所を、火攻めにて襲撃」
フィンは耳を疑い、
「……。すまん、もう一度言ってくれ」
と聞いた。
「ハガネモリビトの隊商と共に、ネル様御一行は神樹の街・アウシザワに至りました所を、火攻めにて襲撃」
「……。確か、あそこはタジマの食邑の一つであったよな」
「御意」
百を数えるばかりの沈黙の後、
「カルディコット一門のタジマ家に、何てことをしでかしてくれたんだ?
ただでさえあそこは、水軍を擁し半独立的な家なんだぞ」
「御意。ジェイバート殿は、消火に当たるスジラドとタジマの衆と衝突。
危うくタジマとの全面対決になる所で、スジラドが北の大地の自立を宣言しました」
「うーむ」
北の大地はスジラドが拓いた土地。つまりスジラドの本領だ。それを取り上げようとしたら戦しかない。
しかも未だ開拓の途中で有る為、無理に奪っても旨味は少ない。その上住民は、スジラド以外の領主を認めない連中ばかりで、放てば社会不安になる厄介な者達だ。
「ジェイバートの馬鹿め」
兄の家来ながら罵る言葉しか出て来ない。
ハガネモリビト達と揉めたと言う事は、領の流通に少なからざる問題が生じる事を意味していた。
あまつさえ、タジマ家の街を焼いたのだ。離反と他家の動揺は避けられまい。
「至急、都から商人を呼び込む手配をしなければいけないな」
頭の痛い話である。
「事の次第を兄貴に伝える。鳩の用意を。どうせジェイバートの事だ。碌な報告を上げていまい」
フィンは善後策を模索しながら動き出した。





