十五而立-04
●スジラドの立場
さながら、雷霆が猛り、ドラゴンが吼えるようであった。
と、目撃者は語る。
騎馬は慄き毫かも逝かず。
武者は凍り彫像と成る。
燃え盛る炎でさえも冴ったかに見えた。
天は彼の咆哮に応え黒雲を喚ぶ。やがてぽつりぽつりと雨が降り始める。
その雨の中で、
「ジェイバート殿」
慇懃にスジラドは口を開いた。
「卿は、モリビトを何と見ます?」
突如始まった問答に、
「武に依って立つ者よ」
ジェイバートの答えは至極簡単。
「弓の貴族とは?」
「モリビトを束ねる者よ」
ふっと哂うスジラド。
「ジェイバート。卿を一端のモリビトとして扱った僕が悪いようです。
モリビトの本卦は辺境の開拓農民。魔物と戦い退ける内に、次第に武人として体を成したもの。
武に依って人々を護るからこそ、モリビトと呼ばれるようになったのです。
魔物は皆手強き物、あるいは天翔ける物。対するに弓矢に勝る物が無かったため、弓矢がモリビトの表芸となりました。故に、モリビトの頭を弓の貴族と称します」
「そ、そんなことは言うまでもない」
「ならば、本来民を護る為の武を、卿は何に向けましたか? 敢えて民に弓を引いた卿は、何の面目有ってモリビトを名乗っているのですか?」
ジェイバートを見詰めるスジラドの眉が上がる。
しかし、ここで嗚咽の様に言い返す恥は知っていたジェイバートが沈黙するや、再び穏やかな顔に戻って言葉を紡ぎ始めた。
「卿は僕をモノビトと呼びました。一面に於いては正しいでしょう。しかし、カルディコット伯によって召され、取り立てられた段階で、僕は伯の直臣です。ネル様との直接の主従関係はそこで切れているのです。
六歳にして従騎士となり、十二歳にして騎士爵に任じられ、新宇佐村の代官を拝命しました。
その片手間に、代官の報酬を以て人を集め、新たに土地を拓いて自らの所領と致しました」
滔々と語る事実。
「う、裏切り者」
流石のジェイバートも、スジラドが言わんとすることが見えて来た。
「まさか、おまえ……」
モリもまたここで気付く。
いったいスジラドとは何であろう?
――――
・ネルに買われたモノビト?
前カルディコット伯爵の家臣となったことで、正式にはモノビト身分では無い。しかし伯の急な逝去によりややこしい事に為った。
無用のお家騒動を避ける為の規定によれば、スジラド自身も何の権限もない元のモノビトと見做して扱われ、代官職を始めとする全てはスジラドから召し上げられる。
この時スジラドは自由民として登録されているから、主人なきモノビトという普通はあり得ない存在となる。
・仕官後に自力で土地を開墾した初代領主?
これもまた正しい。
禍津神を斃し魔物の領域を切り取った武辺者で、広大な土地を拓いた。
このように自力で拓いた土地は弓の貴族の慣例で言う『根本私領』、すなわち本領と見做さねばならない物である。
主家が与えた物では無い為に、これを力づくで取り上げるとなれば戦にしかならない。否、力づくで取り上げなどしたら、同じ形で本領を持つ家臣の離反すら招きかねない一大事だ。
故にカルディコット家としては、黙認どころか本領安堵して離反を防がねばならないくらいなのだ。
――――
モリは聞く。
「スジラド殿。あんたは自立するのか?」
頷くスジラド。
「致し方ないですね。そうしなければ僕もネル様も共に滅ぶとあれば」
スジラドはここで初めてはっきりと、一個の新興貴族として独立する意思を示した。
「裏切り者! 主家を蔑ろにして自立だと?」
ジェイバートは目を剥くが、割り込んだモリが、
「裏切り者? それは違うな。武に依って魔物の領域を切り取りって拓いた土地が、その者の本領と認められないとすれば一大事。弓の貴族の存在が根本から否定される。
なぜならば、中央に新規開拓した土地の所有権を求めたことが、弓の貴族勃興の初めであったからだ。
別してスジラド殿の所領として認めた上で、戦を仕掛けて分捕るのならばいざ知らず。一片の書面で召し上げられるような物では無い」
と、稚さな子供の蒙求に答えるように、ジェイバートの為に噛み砕いた。
「今戦を仕掛けても、カルディコットに旨味はありませんよ」
とスジラドは言う。
そもそも未だ国土と認定を受けていない土地なのだ。
数年の収穫が基準で税を決めるというのは、言い換えればその数年が経過するまでは税を取る対象にできないと言うことでもある。
帳簿上は、魔物の領域に勝手に流民が住み着いている状態だ。
スジラドは声穏やかに言う。
「住民は、孤児達を含む僕が集めた流民です。
海千山千の素浪人や腕が立つだけの悪党も、新天地を求めて遣って来ています。
その分、かれらが居なくなった土地の治安が良くなったとも聞いていますよ。
もしも戦となれば、彼らはたちまち逃散して仕舞うでしょうね。
各地に社会不安をばら撒く責任は、当然戦を仕掛けた阿呆が負う事に為るでしょう」
分別と言うものがあれば、スジラドから北の大地を取り上げる事は無理筋だった。
「一度僕は帰郷します。領地を正式に認めさせることによる、武装難民の被害の抑制と、ネル様の安全確保のために」
「お、おま……。卿はカルディコットの領自体を人質にするつもりか!」
スジラドは、くだらないジェイバートの料簡に再び眉上げて吐き捨てる。
「ええ。僕もネル様も、大人しく滅んでやる謂れはありません。まして、味方の街を焼くろくでなし相手にね」
吐き捨てると同時に、光りそして轟く雷鳴。
次の瞬間。スジラドがジェイバートにしがみ付くと、かわず掛けに近い体勢で手と身体を掴みそのまま相手を後方上に投げ上げた。
同時に飛んだスジラドとジェイバートの身体が風車の様に回転する。
空中で一回転し先に着地したスジラドが、落ちて来たジェイバートの腰を跳ね飛ばす。
何が起こったのか判らぬまま、ジェイバートは大地に横たわった。
雨は次第に激しさを増し、いつしか視界を遮るほどの激しい鬼雨となり、燃え盛る炎を飲み込んで行く。
そして、篠突く雨が上がった時。
スジラドの姿はどこにも見えなかった。





