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十五而立-02

●神殿の広場

 カンカンカンカン! カンカンカンカン!

 風に乗って流れて来る煙。


「こっちよ。来なさい」

 これで三度目。ネルは親と逸れたのか、道端で泣いている子供を保護して一緒に連れて行く。

 大人に跳ね飛ばされて怪我をしている子も居る。火から必死で遁れて来たのか、服を失い背中に火傷を負った子供もいる。

 神殿を目指して避難する人の流れは、濁流さながら。殆どの人が必死の余り、踊る様な手振り足振りになっている。行く先は開かれた大きな門だ。


 神殿の前に広がる一町程の沼畑を貫く参道。

 聖地でもある千年の樹に至る道の喉元を、締め上げる様に八の字に狭まって行く石壁がある。

 その右壁の大門が青銅で出来た巨大な扉を全開。避難して来る人々を受け入れていた。


「皆ぁ! 全員いる?」

 石壁の中の広場で点呼を取るネル。

 芝の植えられた広間の隅では、安心して力の抜けた人達が座り込んでいた。

 何箇所かに掘られている井戸。水を汲んで飲んでいる者や火傷を水で冷やしている者も居る。


「それにしても……。まるで城ね」

 外から見た石壁は高い壁でしかなかったけれど。石壁の内側に平行して広くて深い堀がある。

 高さを勘案しても、跳んでこちらの岸には届かないから、石壁を乗り越えて来た者達は、正に進退(きわ)まる設計だ。


「なるほどね。壁の向こうから顔を出した所に矢を見舞うんだ」

 感心しつつも、無意識に攻め手に身を置いて考えるネル。

 掘の内側にはこちら側に壁が無い(うまや)のように仕切られた石造りの建物。しかもよく見ると仕切られた一区画毎に矢狭間としか思えない窓があった。


「この分だと、この先にも戦いの備えがありそう」

 明らかに、神殿に向けて攻め寄せる敵を想定している。


 人心地付き落ち着いて来た人から情報が集まって来た。火元は街に隣接するスラム地区で、騎士が火をつけて回っていたと言う。

 神殿の担当者はそれらの情報を整理すると、次々と人を送り出して言った。


●烽火の中で

 成り行きで僕は消火の指揮を取って居た。

 現代日本と違って、消火栓も無ければ消防車も無い。ではどうやって消すか?

 江戸の町火消宜しく、燃え移る家を壊して延焼を防ぐ破壊消火だ。


「ここらの家を崩すよ」

 幸か不幸か掛け小屋は、造るのも壊すのも比較的簡単。加えて家財と言っても元々中には抱えて持って行ける程度の物しかない。

 飛んで来る火の粉の下で、打ち壊し、引き摺り倒し。強引に火の燃え移らない空き地を作って行く。


「未だ済まずともまこと有り。今(こいねが)伏衆(まつろわせ)たまえ。

 伏せよ火の水。小消火」


 モリさんの魔法で、飛んで来た火の粉に燃えだした火に止めを刺すと、その家や周囲の家を壊して行く。

「すまんな。俺は燃やすのは得意なんだが、消す方はこれがやっとだ」

 謝るけれど、

「いえいえとんでもない」

 恐縮するばかりの街の有志。

 もしもモリさんの魔法が無かったら、消火はもっと手間取っていることは明白だった。


「さぁ。四の五の言わずに打ち壊すぞ!」

「応!」

 的確な指揮するだけじゃなく、汚れ仕事も厭わないモリさんに有志達は心服していた。

「ここが済んだら二町先です。スラムで食い止めないと、働き口まで灰になってしまいますよ」

 チカの映像と言うチートのお陰で、最大効率の消火活動が出来るから、モリさんだけではなく僕を見る目も輝いていた。


「見事な腕前だ」

 僕を誉めながら、とび口で軽々と柱を退き倒すモリさん。

「掛矢はある程度力任せが通ってしまいます。剣の刃筋を合わせるよりは簡単ですよ。

 モリさんこそ、大したもんですね」

「おいおい。力任せと言うならこちらの方だぞ」

「あ。それもそうか」

 最早こんなやり取りが刃傷沙汰に為らないくらいには、僕達は打ち解けていた。


 チカの映像によると。住民は早々と逃げ、合流予定だった隊商の人達も別の場所で敵を凌いでいる。

 纏う堅甲は伊達じゃない。ハガネモリビトは商人であると同時に武人でもあるのだ。


「所でジャック」

 モリさんはわざと僕をそう呼んだ。多分周りの耳目を気にして、後々障りの無いようにしているんだろう。

「呼びましたか?」

 顔を向けると、

「気付いているか?」

 何が、とも言わないモリさん。

「ええ」

 僕の返事もこれだけだ。


 何の話かって? 僕達は何度も、火災現場付近で怪しい連中を見てるんだ。それも追手が仕掛けて来た方向とは随分離れた場所から。

 密かにこう言うことの出来る連中は、カルディコット一門の中では二つ。マキ家が抱える杣人(そまびと)衆の中から選抜された忍者。そして宗家直属の暗部と呼ばれる連中だ。


 パララッ! パララァー! プァー! プァー! プワァ~~ッ!

 響き渡るラッパの()


「フゥー!」「ハァー!」

「フゥー!」「ハァー!」


「フゥー!」「ハァー!」「フゥー!」「ハァー!」

「フゥー!」「ハァー!」「フゥー!」「ハァー!」


 騎兵の一団が一塊に成って突っ込んで来る。


 周囲を炎に囲まれた街の中。人影も消火に当たって居る者を除けばほぼ居ない。

 その消火に当たって居た有志、いや既に勇士と言える人達も、慌てて逃げ出した。


「スージィーラァードォー!」

 えーと。この人誰だったっけ?

 僕を見るや毛を逆立てて迫って来る男。彼が投げつけて来る槍を、

「慮外者!」

 とび口で叩き落としたのはモリさんだ。

「俺をモリ・タジマと知っての所業か!」


 ヒヒヒィーン!

 棹立ちにしてまで馬を止める追手達。


「モリ殿。なんでこちらに」

「案山子頭のジェイバート。よくもアウシザワの街に焼き働きをしてくれたな。

 ここはタジマの銭箱だ。所領に手を出されて黙っている弓の貴族など一人もおらぬ!

 今ここに! カルディコット家とタジマ家の君臣の契約は破棄された!」


 いきなりカルディコット一門を割る大事(おおごと)になっている。

 そうか、ここってタジマ家の領地だったんだ。


 どよめく隊長を除く追手達。


「モリ殿。お(いえ)は関係ない。拙者とスジラドの遺恨よ」

「そんな言い訳が通用するか!」

 怒りを放つモリさんを無視して、ジェイバートは血走った目で僕を睨みつけながらこう言った。

「スジラド! (けい)に一騎打ちを申し込む」


「賊に武人(モリビト)一分(いちぶ)などあるものか」

 とび口を向けるモリさん。


「モリさん」

 僕は左手でモリさんを制して前に出る。

「武人の誇り? そんなくだらない事の為に、街を灰にしようとしたの?」

 知らず声は低く成り、心の水面(みなも)は凍り付いて鏡の様に成る。

 いつしか僕の目は座っていた。


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