千年の樹-06
●双子の問いかけ
「へぇー。これがカガヤさん?」
市場の入口に商売の神様カガヤさんの像がある。一見、金無垢にも見える像は実は真鍮。皆あやかりたいと布で像を撫でて行く。
ご利益は金儲けと水運の守り神で、同時に学問の神様でもあったりするのはご愛敬だ。
各地の神殿を巡った成人の儀と同じ旅装束で市場を歩く。今日は何でもない日だと言うのに、お祭りみたいな賑わいだ
「ねぇ。いいでしょ?」
路地にムシロを敷いただけの他愛ない安物のおもちゃを扱う店で、お付きの若者のズボンを引っ張っておねだりするのは。主家の娘らしい、かなり身形の良い小さなお嬢ちゃん。歳は三歳くらいだろう。
「お嬢様。ここは下民の子供のおもちゃを扱う店です。こんな数珠玉を連ねた紛い物のネックレスを買わずとも、真珠のネックレスをお持ちでしょう」
お付きの若者が窘めるも、
「シンシアが持ってるの。手に取るととってもいい音がするのよ。だけど、いくら欲しくても家来の子から取り上げるなんて出来ないでしょ?
そこの木皿も欲~し~い」
「ままごとのお皿なら、雪の様に白い磁器のセットをお持ちでしょう。あれ一つで下民の家が建ちますよ」
「そうじゃなくて! むぅ~」
不貞腐れるお嬢ちゃん。
「どうしました? 可愛いお嬢さん」
僕はしゃがんで話を聞く。すると、
「あのねお兄ちゃん。こないだシンシアとおままごとしてたらね。お皿が割れちゃったの。
あのね、そしたらママがね。罰だってシンシア売ろうとしたの。ノア、そんなお皿要らないの」
家の恥を躊躇いなく晒すのは、小さな子供だから。
「……だ、そうです。お嬢様は気軽に遊べるおもちゃがご入用のようですよ」
僕が取り継ぐと若者は、どうにも困った顔をして、
「別に買うのは問題ありませんが、このような品は奥方様がお許しに成りませんので……」
と口を濁した。
金持ちの子に産まれても、これはこれで苦労がありそうだ。
「いい方法があります。お聞きになりますか? ノアお嬢様」
僕が水を向けると
「うん。教えて」
早速食いついて来た。
「シンシアと言う子のお土産として買って行き、後で一緒に遊ぶんです」
「お土産? いい! それいい! タクジ、それにしよう」
「シンシアへのお土産ですね? それならば宜しいでしょう。親父、これはいくらだ?」
「一つ一文になります」
「お兄ちゃん、ありがとう」
手を振るノアちゃんに手を振り返し、路地を進むと。
あった、探していた武具の店だ。
チリンチリン。ドアを開けると鈴が鳴る。
客は疎らで、店主はいかにも一刻親父。およそ愛想と言う物を母親の胎内に残して来たかの感がある。
「小振りの、重心が鍔元にある執り回しの良い小剣が欲しい。それと仕込みの巡礼杖を」
僕がそう言うと一言。
「手を見せな」
親父は僕の両掌を触り、
「表に出てる安物の中にゃねぇ。待ってろ」
他の客を放置して奥へ入って行った。
「また始まったか。ここの親父、神工・光羽様の一番弟子を名乗る変わり者だからな」
常連客らしい人が笑っている。
「それのどこがおかしいのですか?」
首を傾げると笑いながらこう言われた。
「手塚の光羽様と言えば千年前の人物で、今に伝わるアステータ一門の租だよ。
数々の魔剣・聖剣を創り上げ、邪神様の刀を打ったと伝えられる伝説の名人。
百歳を超えて尚腕を上げ、百八歳の時に生きながら天に昇り神と成ったと言われるお人だ」
なるほど。今を生きる親父さんが一番弟子の筈がないか。
「だが腕は確かだぞ。店にあるのは弟子が打った数打ち物だが、それでも確りと甲伏せがされており焼きも確かな物だ」
とは言うけれど。僕にそこまでの目利きは出来ない。
そうこうしていると、チリンチリン。
ドアが開いて新しい客が来た。
「親父ぃ! 数打ちでいいから数を頼む」
入って来たのは、
「おう! ジャック。また遇ったな」
モリさんだ。
「どうしてここへ?」
僕が聞くと、
「ちょっとした小競り合いがあったんだ。
幸い死人は他家の者だけで済んだが、うちも武器や資材の損傷が激しくてな。
兵に持たす武器に名剣・名槍は要らぬが、数が必要なのさ」
と肩を竦めた。
いつの時代も武装は金が掛かるものか。
「しかしジャック。なんでまた武具屋に。その格好、廻国修行にでも行く積りか?」
モリさんの問いに僕は、
「いえいえ。廻国修行じゃないですよ。僕はただ、この辺りで一度里帰りしようかと」
と素直に事実だけを告げた。全部を口にはして無いけれど、嘘は全く言ってない。
「そうか……」
中空を睨んだモリさんは、
「この先ハガネモリビト達と別行動なら、あんたは巻き添えは喰わぬだろうが……。
気を付けるが良い。どうやら奴らに対する襲撃を諦めていない者がいるようだ」
と忠告してくれた。
「そうですね。避けれる火の粉に近付かぬ様に致します」
「それがいい」
モリさんが相好を崩した時、
カンカンカンカン! カンカンカンカン!
けたたましく擦り半が鳴らされた。