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千年の樹-04

●アウシザワの街

 河の傍の森の中に、一等高くそびえるのは千年の樹。

 それを目当てに、アウシ河の上流から河船が水門に入る。汲み上げ水車で水位が上がり、第二の水門の解放と共に水路へ。そして進む事百メートルばかりで第三の水門に至る。

 ここから河から入った逆の手順で、水位が下がり、最後の水門が開かれるとカガヤ(ぼり)と呼ばれる運河に出た。


 棒の様に真っ直ぐに、大樹目掛けて南北に走る運河は深い森の中を進む。やがて森は切れ広い草地が行く手に広がる。

 すると見えて来た。平地の中にぽっかりと浮かぶ(ふた)つの小山。運河は狭間に谷川のように貫いている。


「おお!」

「ああ……」

 船の客が声を上げた。


 西の小山の無駄に広い(たいら)の西端に立つ、途轍もなく大きな樹。

 高さはざっと百五十メートル位だろうか? 見るからに神々しいその樹は、僕達にとって良き兆し。


「わぁ!」

 伯爵の変死から始まる騒動に、心が沈んでついうつむいてしまうネル様の瞳を、知らない内に大空へと導いてくれた。

「ねぇねぇ! お爺さん。これがアウシザワの街なのね」

 昔聞いた幼い頃の様に、飾りの無い本心から出た言葉。ネル様が船頭さんに尋ねると、

「そうさ。ここがエルフとの交易場から始まった、あのアウシザワの街さ」

 街の由来を話してくれる。


 人の勢力が増した今では、エルフ達はマジックアイテムで姿を変え、正体を隠して人間に交じって暮らしていると言われている。

 しかしほんの二、三百年前までは本来の姿で生活していたし、森の奥に彼らの集落も数多くあったらしい。


「ごらんなされ、あの千年の樹を。エルフの族長が携えて植えた若木は、今では神坐(かみま)す御神木と成ってアウシザワの街を守っておられる。

 タジマの殿様もエルフとの盟約を重んじ、税は取り立てても街の自治には口を出さない習わしだ」


――――

♪ゆるりと飛ぶや白き雲 連なり遊ぶ鳥の群れ

 クオンの歴史見詰めたる 千年の樹は今もなお

 生命(いのち)逆旅(げきりょ)重ねては 久遠(くおん)の姿示すなり♪


♪緑苔()す太い幹 四方(よも)に張り出す捻じれ枝

 (こずえ)の近く手招いて (そよ)ぐ小枝の葉先より

 今しも雲は立ち昇る 千年の樹は森なれや♪

――――


 (ちい)さな子供が歌うに相応しい唱歌の様な節回し。

 渋い声の船頭さんでは、正直少しギャップもあるがそれが良い。


 船はゆっくりと運河の船着き場の方へ近づいて行く。


●商魂

「じゃあスジラド。買い出しはお願いしたわよ」

 その間にあたしとデレックは、神殿への事前連絡の為に街の孤児院へ向かう。

 ここには邪神様の八大眷属の一つエルフ族が寄進した(みや)があり、その門前で寄る()なき子供達が養われているのだそうだ。


 宮の門前はさながら屋台村。そちこちに屋台が並び、温かい食べ物を売っていた。売り子の殆どが成人前の子供で、三歳位の子供も客引きなどを手伝っている。


 少し煮え過ぎと思われる鍋物や雑炊。何れも一杯三文だ。但し椀はお茶碗程の小さな物で、陶器ではなく全て木を削った器である。

 他の食べ物はと言うと、蕎四小麦六の粉にたっぷり刻みキャベツやモヤシを入れて焼いたお好み焼きが一枚三文。

 カエル肉や雀肉として売られている串焼きは一串一文。一度セイロで蒸した後、塩を振って炭火であぶってから客に出される。

 熱々の菩提樹葉のお茶や各種ハーブティー。井戸で冷やした果物の香りを付けた水や梅酢の水割り。これらも一文で売られている。

 苦みの少ない種類のどんぐりや豆を炒った物も、使い捨ての柏葉を押し固めた皿で一皿一文。

 総じて値段が安い物ばかり。


 何この商魂逞しさ。

「あはははは」

 もう止めてあげて。デレックの財布は残金ゼロよ。

「う~ん」

 あたしの財布だって、もう為替の貝符や金貨の両しか残って居ない。銀貨の匁以下は尽く、あの子達の売上金に早変わり。


「あたし、孤児院の院長先生を訪ねて来た筈だっんだけどさぁ」

 遠い目でぼやきを入れると、

「院長先生呼んで来る? ちょっと、誰か先生呼んで来て」

 あたしよりほんの少し年下の女の子が手配してくれた。


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