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千年の樹-03

●再襲撃計画

 俺がハヤト達を待たせた補給地点に戻ってみると。

 このままではモリビトの一分が立たぬ。そうジェイバートは喚き散らしていた。


「そうは言ってもな。無い袖は振れん。命じられたのは物資の補給と重傷者の後送だ」

「その兵は木偶なのか!」

 ハヤトに食って掛かる。すると当然の事だが、


「いつから(けい)はタジマを従えた? いやその前に、戦う度に派手に兵を損なう大将になど、付いて行く物好きが何人いる。

 ハガネモリビト達の戦車陣は、守りは堅いが身動き出来ん代物だ。矢玉の届かぬ位置まで退けば、これほど無害な敵も無い。それで部隊半壊とは、いったいどんな無理攻めをやったのだ卿は」


 呆れた顔して白目で睨む。ハヤトに限らずタジマの衆は皆そうだ。


「そ、それは。スジラドめが卑怯な手を使って拙者らを嵌めたからだ」

 ぶつぶつ口にするジェイバートを、

「ほぅ~。俺は卿がネル様達を予定戦場に誘導して邀撃を仕掛けた。そう聞いているが。

 そして易々と罠を食い破られ打って替えされただけの話であろう。


 通れぬ筈の道を通られ、後背に回り込まれた。まあここまでは誉むべき敵の(いさお)だ。

 しかしそこですぐさま退いて立て直しを図らなかったのは何故(なにゆえ)か?

 一目で判る典型的な鉄床(かなとこ)と鎚。その成すがままにさせたのは、卿の粗相(そそう)以外に何と言うべきかな。

 知っているなら、どうか無学で片生(かたなり)な俺にご教授願いたいものだ」


 言葉に毒の大盛つゆだくをぶっ掛けるハヤト。せめて俺が退き鉦を鳴らした時、直ちに退いておればここまでは言われまい。


 そして、お(いえ)が充分な情報を得た今となっては、ジェイバートに付き合ってやる必要もない。

 ネル様達の目的は神殿に遁れ庇護を得る事。親父を通して流布する以上は、他家もネル様の家督放棄にも近い流れに棹差すことだろう。場合によっては、神殿に送り込む為にネル様達に与力すらするかも知れない。

 それは事を荒立てて窮鼠とした場合、ソロバンに合わぬ要らぬ騒動を起こすことに成るからだ。


「おお。モリ殿」

 ちっ、こっそり乗船しようと思ったが、目敏い奴め。


「俺に頼んでも、タジマは与力せぬぞ。

 ハガネモリビト達の馬車は城よ。野戦の積りで馬鹿正直に吶喊するのは、高価な磁器やガラス細工の工芸品を岩に投げ付ける様な愚行にしか為らん。

 帰ってアイザック様に報告するが良い。ネル様は神殿の庇護を求めていると。

 カルディコットの家督に関わらぬ以上、これで仕舞いだ」


「ならば、馬車が展開出来ぬ市街地にて戦えば……。市街戦を挑めばあのインチキ馬車も役には立ちますまい」

 怒りが収まらぬのか、ジェイバートはシマリスのように煩い。


 だいたいだ。何で街の持ち主と争う危険を冒さねばならんのだ。

 今の所、ネル様に御兄弟と争う意思は無いように思われる。同行する以上、スジラド殿も今直ぐ謀叛と言う話ではあるまい。


「反対だな。タジマに理も利も無い」

 俺は取り付く島もなく、縋り付こうとするジェイバートの手を払って、

「おーいハヤト」

 兄弟に呼び掛ける。

「もし、仮にスジラド殿に謀叛の意志があったとしても。それを露わにする前から、立ち寄った街ごと始末するなど大義の欠片もありはせぬ。

 間違っても、タジマの船を街へ回すなど賛同しかねるからな」

 するとハヤトも、おととい来やがれとばかりに引導を渡した。

「当たり前だ。タジマは恥を知る家だからな。補強も今回が最後と思って頂こう。

 街に襲撃を掛けるなどと言い出す(けい)には、これ以上付き合いきれぬ。臭を万年に(つかわ)したくば、(おんみ)一人で為されるがいい」


 俺とハヤトが二人して反対に回った段階で、ジェイバートがタジマの力を借りる事は出来なくなった。

 いや俺達を怒らせたジェイバートは、今後は自力で兵站をなんとかせねばならぬ状況に追い込まれたのだ。


●暗部の教唆

 十分な補給を受けたものの、残りし兵は二百を割った。

 不機嫌なジェイバートを刺激しない様に、部下達からも腫れ物扱い。鬱々として楽しまず、彼の額には深い縦皺が刻まれる。

 それでも、アイザックの命は続行中。帰れと言う指示も無い事から距離を置き、ネル達の後を追っていた。


 僅かな不寝番を残し、兵の多くは樹の下にマントを布団に仮寝する。

 少し位の高い一部の者や帰すほどではない負傷者は、樹々に渡したロープに毛布を掛けた簡易な三角テント。毛布を柏餅にして夢を結ぶ。

 隊長のジェイバートとて、簡易テントが本部の大テントに変わった程度の仮庵(かりいお)に過ぎない。


 どれくらい時間が経っただろう? ジェイバートは人の気配を感じ目を覚ました。

 次の瞬間には剣の柄を握り、僅かに鞘から抜いていたのだから大したものだ。


「ジェイバート殿」

 ローブの男が名を呼んだ。

「……もしや。噂に聞く暗部の者か」

「良くお分かりで」

「伯爵家にそう言うものがある。ここまでは将の端なら耳にしている。暗殺部隊ともな」

 ジェイバートがそう言うと。

「そう警戒為さりますな。殺す積りならとうにやっております。

 そして色々噂はございますが。我らの実態は代々、御当主唯お一人だけがご存知です」


「その暗部が拙者に何用だ?」

 ジェイバートが問い質すと、

「主君の命は絶対です。しかしながら表立ってこれ以上の増援は叶いますまい。

 足らぬ足らぬは工夫が足らぬと申します。どうしても戦力が足りぬのならば足りる状況に追い込めば済む話」

「何が言いたい」

 すると背を向けたローブの男は、指で中空に一つの真名(まな)を描いた。


 縦めに短く点を打ち、次にその右に右から左に(つつ)く様に払う。そして今の二つの真ん中を真っ直ぐに降ろし、最初の点を過ぎたあたりで左に急カーブ。最後に三度目の線の半ばから、少し長めに右に払う。


 この四度動いた指の動きにジェイバートは、

「まさか。いくらなんでもそれは……」

 と慄くが、

「他にありますかな?」

 と言うローブの男に残りの兵力を勘案させられると、他に打つ手も無いように思える。

 ジェイバートの背に冷たい物が走った。


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