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千年の樹-02

●沐浴と告白2

 逆光に浮かび上がったのは、背は高いが肉置きは少年に近い女の影。

 斜に構えた体状は、未だ芳紀(ほうき)の一歩手前にあれども、既に幼年期を脱した娘の物と思われる。


「酷い奴だな。っと、武器かと思ったら工具か」

「失敬。後ろに殺気みたいなものを感じましたので」

「そうか。警戒し過ぎたのが拙かったか」

 途端に警戒らしき殺気が消え失せた。


「一体どうしたんです? お風呂は少し(かみ)ですよ」

「いやなぁ。ここいらで見掛けぬ顔と思ってな」

「そうですか。僕は久しぶりに最寄りの神殿へ向かう途中ですから、普段はここを通りません」

 会話しながら川から上がって来るのは、ちょっと乱暴な口を利くお嬢さん。

 こうして逆光では無くなると、濡れて身体にピッタリと張り付いた白い湯着が透け、僕は目のやり場に困る。


「ん? どうかしたのか?」

 平然とそんな姿を見せびらかすこの人に羞恥心が無いのか、それとも僕の感覚がこの世界の標準からずれているのかは知らない。

 不思議そうな顔で近付いて来たお嬢さんは、キョトンとした顔でこう言った。

「なぜ目を背ける。何か疚しい事でもしていたのか?」

 僕はなるべく見ないようにしながら、

「服、透けてます」

 やっとの事で口にする。


「ん? だからどうした。俺は着てるぞ」

 あれ? ひょっとしてこれが普通の反応? いや、そんな訳ないですよね。

 言葉遣いは男だけど、もしかして何か理由があって男として育てられた女の子かな?

 だったら名前を聞いても問題無さそう。


「僕はジャック。君は?」

 すると

「失礼した。俺の名はモリだ」

 と簡単に名乗る。そしてモリは尚も距離を縮め、息が掛かるような距離で矢継ぎ早の質問を始めた。


「なるほど。魔力無しでも空を飛ぶ器具か」

 うっかり口にした魔法推力とハンググライダーの組み合わせ。

 なおも突っ込んだ話をして行く内に、マコトがシンコステータと呼ぶ数学の話が混ざって来た。


「ああ。それですか? カサンドラ導師の研究によると、バンク角による旋回半径の式が

[旋回半径=対気速度の二乗/重力加速度×タンジェント(バンク角)]になります。

 ですから例えば時速百四十キロの場合、バンク角十度と六十度を比べると、十度の場合六十度の時の凡そ十倍大きな旋回径を必要とするんですよ」


 マコトが学んだ知識だけれど、突っ込まれない為にサンドラ先生の研究にして置くしかない。しかし、この話に鋭い質問を投げつけるモリって奴は何者だ?


 そんな問答を進めるうちに、


「うーん」

 モリが唸り始める。

「読み書き計算ならいざ知らず。あんたほどの手練れが何故?」

「どうかしましたか?」

 何事かと尋ねると、益々モリは難しい顔をして、

「解せぬ。お前は武官か? 文官か?」

 などと問うて来た。


「僕は、僕ですが……」

「文官とか学者と言う者は、頭に栄養を取られて筋肉が衰えるのが相場と聞いているのだが」

「それ、どこの都市伝説ですか!」

 思わず僕は突っ込んでいた。


 僕の常識が違うのか? それともモリの常識がズレて居るのかは判らないけれど。

 結局のところモリは、近くにいて気持ちの良い相手だ。兎に角、僕と不思議なほど息が合う。

 多分心根の本当に根元の所が似ているのだろう。

 あれ? と僕は思う。モリとはどこかで会って無いか? それがいつなのか、どうにも思い出せないのがとても歯痒い。


 気が付くと、辺りはすっかり暗くなっていた。導きの星がまだ明るいから、多分暗くなって間もないのだろうけど。時間を忘れ話し込んでいた僕達。


「なぁ」

 別れ際、踵を返してモリは聞く。

「俺の所に来ないか? 俺と一緒に来ないか? 連れを送って言った後で良いから」

 僕は少し考えて、

三柱(みはしら)の神様が、それをお望みでしたらね」

 機会があればと社交辞令を交わす。


 別れ際にモリが言った。

「ずっと昔、お前とどっかであったような気がする。心当たりは無いか?」

 しかしどう考えても今回が初対面だ。

「俺の事はどう思う?」

「うーん。女の子にこんな事を言うのは失礼かな? 微塵も女を感じさせないのに、長年の親友のであるかのように、なぜか気が合って忘れられない奴って感じかな?」

「そうか……」

 モリは何かを思い出そうと、じっと僕を僕を見つめていたが、

「じゃあな」

 一語を交わして僕達は別れた。


 後日、僕はなんでこの時解らなかったのだろうと振り返ることになるのだが。兎に角、モリは一緒にいて気持ちの良い相手だった事だけは間違いない。


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