千年の樹-01
●沐浴と告白
パチパチとリズミカルに弾かれるソロバン。
射掛けた矢の本数、ボルトの数。破損したパイクの数等を正確に付ける。戦闘に使った馬車や装備の損料も細かく割り出し、きちんと減価償却。全ては経費を正確に割り出す為だ。
「あれだけの規模の襲撃の割には、少なく済みましたねー」
スズネさんの弾き出した請求額は、至って良心的な数字だった。
「それにしても驚いたのだよー。馬車が底なし沼に突っ込んだ時は、血迷って破れかぶれになったかと思いましたねー」
あれで馬車の価値は上がった。
尤も僕達以外が使い熟すのは難しい。それぞれの魔力の属性に合わせて似た現象を発生させる仕組みだから、組み合わせによっては効率が悪かったり機構自体にとんでもない負担が掛かる代物だ。
早々に浮遊をネル様の魔法が肩代わりしたから良い様なものの、浮遊を火の魔力で行うのはニトロを使ってエンジン出力を上げるようなもの。本格的な整備をしなければ再起動が難しくなっていたと思う。
それはさておき。
「今日の宿営地は、次の枝道から一キロ。神殿が設置した温泉なのだよー」
ほっかりと笑みを浮かべたスズネさん。
「温泉?」
「神殿が作った宿営地の傍の川の中に湧いているんですねー。暖かな水浴びと言った風情なのだよー。
ラノベで言うと、温泉回と言うやつなんですねー」
笑顔の正体はこれ? あのう。途中からネル様が物凄い目で睨んでるんですが。
「スジラド! あんただけ後よ」
「え? 僕だけと言われても……」
暗にデレックは良いのかと聞く。
「あたしにも恥じらいってもんがあるんだから。あんたって昔からとことんトラブルに愛されてるでしょ? 世の中にはラッキースケベと言うものがあるって聞いてるよ」
「そんなラノベじゃあるまいし……」
と僕は言うのだが、デレックまで、
「スジラドだからな。スーパー・ラッキースケベとかクリティカル・ラッキースケベとか言う命運を持って居てもおかしくなさそうだぜ」
と諦めたような声で言う。
「命運って……」
デレック、そこまで言う? ネル様も頷いちゃってるよ。
「そこまで言うなら、遠慮するけどさ。言っていい? ネル様もデレックも酷いや。
それにラッキースケベなら、三年前にデレックも神殿で遣らかしたって聞いてるけど」
少し険が入るのは仕方ない。
するとネル様は、
「デレックは良いのよ。どうせあたしの事、ちっとも女の子だと思って無いし」
と断言した。確かに、今までの言動は照れや振りで出来るものじゃないよね。ネル様に対してデリカシーの欠片も無かったもの。
とまぁ。こんな経緯があって僕達は、西の空が間も無く赤みを帯び始める頃、川の温泉に隣接した宿営地に遣って来た。
宿営地は川の東岸。獣除けに作られた掘りと土塁と柵に囲まれた、馬車を止めたりテントを張ったりする場所だ。
何本か野宿や家畜の係留の為に残した大樹があり、丸木を刳り貫いた飼葉桶や、雨除けの四阿の下に板の蓋をした釣瓶井戸と石の竈の設備がある。
ここは温泉がある為か、宿営地も他に二つある。川を挟んだ向う岸にもある。
湯気の立つあの辺りが温泉なのだろう。先発組が川に打ち込んだ杭に目隠しの布を渡している。
「旅の埃を祓う為、只で使えるここを利用する人も多いのだよ」
スズネさんは後発組。僕と同様、馬車の整備を遣って待つ。特に僕達の馬車は、かなり負荷を掛けちゃったからね。
馬車の底板を外して工具を取り出し、部位の緩みと狂いを治しながら調整する。
「流石ジンユウの革だな。地面を擦ったのに、大した傷も付いていないや」
幾つかの緩みがあった程度で、この位なら直ぐ終わる。汚れを落とし襤褸で拭き、改めて膏を塗り込めて別の襤褸で余分な膏を拭い去る。
「手と工具がべたべたになっちゃったな」
取り敢えず洗いに少し下流へ歩き、岸の土を水で捏ね、泥で擦って汚れを落としていると。
突然、僕の後ろに音も無く近寄る気配。殺気?
その時無意識に、僕の身体はモーリ師匠に叩きこまれた通りに反応した。
ザパーン! 水柱が高く立ち昇る。二メートルは跳ね上がった飛沫が川に全て落ち、目の前に立ち上がった人影は、湯浴みの服を身に纏った女の子。
身体にピッタリと張り付く服は西日を受け、あたかも素裸のようなシルエットを浮かび上がらせていた。





