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追手との戦い-02

●スジラドの馬車の真価

 猛スピードで曲がり角に向かう馬車。


 「(こう)(とお)る。終わりて始まる輪の内に。

  (ことわり)したがいて動き、剛柔皆応ぜよ。

  目覚めよ 雷の風 軽肉体制御 力!」


 僕は詠唱し、敵に気付かれぬようにそっと御者台からタケシのお腹に移動した。


「スジラド! 準備はいいよ」

「ネル様。デレック。お願いします」


『どうする? 行くか?』

『うん! お願い』

 僕の返事を聞くなり、タケシが馬車を斜行させる。そして馬車を牽くタケシを切り離すタイミングで、タケシが馬車を投擲具の様に送り出した。


 切り離された馬車は、土煙を上げながらドリフト走行。馬車の慣性を制御し、カーブを曲がった馬車はそのまま騎兵を上回る速度で荒れた道を駆け抜ける。


「行くわよ!」

 タケシと並走する馬車からネル様の声が響く。

 本来、馬車や騎馬ではどう見ても入り込めない湿地帯。そこへ馬車を入り込ませる。


変形(チェンジ)! スイッチオン!」

 僕の掛け声に、

「一、二、三!」

 順にレバーを引いて行くデレック。

 スカートが車体の周囲を覆った。と同時に左右斜め上に飛び出す推進のプロペラ。


「デレック!」

「応!」

 デレックが御者台のひじ掛けにある水晶球に魔力を籠めると勢いよく回り出す。

 一拍遅れて、下に向かって噴き出す風に砂煙が舞い上がった。


「ネル様!」

「その生を()、我が生を観て進退す。鎮めよ風の地。浮遊歩行」


 ネル様の魔法に依り浮き上がる車体。馬車自体にも浮かせる機能はあるが、今はこちらの方が都合良い。

 これで本来、浮遊と推進の両方に使われる御者の魔力は、推進だけに特化した。

 左右の推力の差で旋回するのはホバークラフトその物だ。


「うわぁ!」

 追手の騎馬はずぶずぶと嵌り、放り出された騎士が鎧の重みで沈んで行く。

 たちまち三騎ほど同様の目に遭って騎馬集団が停止。伏せて遭ったのだろう、カンジキを履いた徒歩(かち)の者が助けに入った所にネル様の征矢が襲い掛かる。


 追手から見れば、当に本来の意味でのチート。将棋で言えば盤の後ろに追い詰められて必至(ひっし)を掛けられた状態で、そこに新しく盤を継ぎ足して遁れたようなもの。しかも敵は追って来れないのだ。


「なんなんだぁ!」

 追手の大将らしき人物が絶叫した。


●武装商人の本気

「底なし沼を進む馬車か……。はっはっはっは!」

 有り得ない展開に大笑いする隊商の(おさ)スズネ・クスノキ。

「どうだい? スジラド君は」

 チャックの問いに、

「面白い物を見せて貰ったのだよー」

 はしゃぐ様に言うスズネは、さっと右手を上げる。

「こちらにも来るぞ! 急げ!」

「「応!」」

 ハガネモリビト達は迎撃の準備を開始した。


 カチン! カチン! カチン!

 厚さ三センチのハガネの延べ板が、馬車の壁に冬囲いのように通される。


 カシン! カシン! カシン!

 鉄の響きを上げさせて、繋がれて行く隊商の馬車。

 中に人や荷駄のロバを囲い込み、繋ぎ目の隙間を大盾が塞ぎ、見る間に築かれて行く。


 矢狭間を備えた鉄の壁。ハリネズミの様に突き出て、逆茂木よろしく結わえられた槍。

 街道を塞ぐ形で現れたのは。賊やここいらの魔物では、いや野戦の備えしかない部隊では、簡単に打ち破れない堅固な城であった。


 実際の城塞がそうであるように。

 相手の行動を制限し誘導することで、手持ちの兵装を最適な形で運用する。

 相手に拠るべき地物を与えず、矢玉を跳ね返す堅き守りの壁を使って味方の動きを隠す。

 これらの一方的なアドバンテージを以て相手の行動を抑止する。

 加えて、倒すことよりも負けない事を主眼とした戦い。


 これに徹したハガネモリビト達は、ジェイバート達から見て厄介過ぎる難敵であった。


●戦場俯瞰

 ジェイバートの隊は、分断するはずが分断されていた。

 しかも後続は完全に抑えられている。その元凶は、


「ホバークラフトだとぉ! 何でこんな物がこの世界に……」

 有り得ない光景を目の当たりにして、高地より戦場を俯瞰するモリの頭がフリーズした。


 再起動して思考が復元した時、ジェイバートの隊はボロボロの状態になっていた。

 騎馬突撃を阻む、林為したる槍衾。矢はもちろん、投げた槍もサーベルも跳ね返す分厚い鋼の延べ板。


「こちらはフス戦争のヤン・ジシュカの戦車か」

 モリは哂う。

 突如出現した砦で待ち構えるハガネモリビト達の隊商に、吶喊して至近距離からの矢玉を浴びた騎士達が地に伏している。


 再びスジラド達の方を見遣れば、徒歩の兵すら近づけない底なし沼に浮かぶ馬車。

 追い詰める為に利用した筈の薮沢(そうたく)が、接近を阻む(ほり)に変じた。

 こうして距離を置いた矢戦を強いられると。拠るべき地物無き騎馬隊と、馬車の壁を盾として戦うスジラド達とでは、どちらが有利かは自明の理。


 ジェイバート達は劣勢と言うよりも既に敗勢にあった。

 未だ破れていないのは、ハガネモリビトの陣が待ち受けて撃退する為の物であり、攻勢には使えぬ為である。


「動く……」

 息を呑むモリ。底なし沼の上を移動し始めたスジラドの馬車は、次第にスピードを上げて行く。


「拙い」

 スジラド達の意を悟ったモリは声を漏らす。薮沢を進んで後ろに回り込むつもりだ。

 そして馬車を鎚と成し、硬い鉄床(かなとこ)と成したハガネモリビト達の陣に打ち付ける。

 今退かせるか、タジマの勢が助太刀するか、どちらかをしなければジェイバートの敗北は決定する。


 どうすべきか?

 加勢すべきか? 否、お(いえ)の戦力を無駄に潰すなどとんでもない。

 退かせる? ジェイバートが聞き入れるとはとても思えない。


 そんな僅かの自問自答の間にも、戦力は削られて行く。

 最早末端の兵は戦意の維持すらおぼつかなく成って来た。


「モリ様!」

「何事か?」

 ただならぬ喧騒が、モリの周囲に近付いて来た。


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