諸家の動き-02
●追撃追加
戦わずとも戦闘部隊は消耗する。何もせずとも人や馬匹は飢え、そして渇く。
出る物の始末をしなければ病の原因と成り、警戒は気力を消費する。
まして。移動すれば疲れ、強行軍などしようものなら有効戦力は逓減し、遂には戦わずして敗北する。
全ての作戦は兵站の制約を受ける。
戦史を紐解けば、短期決戦ならば兵站を無視したり捨てて掛かっても、却って味方の死に物狂いの力を引き出して勝利を引き寄せた例が無数にある。
しかし長期戦の場合。兵站を無視した作戦行動は必ずと言って良い程破綻しているのである。
飢え渇き、戦わずして白骨で道を舗装した例は語り尽くせない程数多い。
それだけに、今回のタジマ水軍による物資の補給と兵の増援は有り難い。
「ハック殿。これほど迅速な対応、真に真に忝い」
河川を使い、医薬品・糧秣・弓矢・飼葉の端に至る大量の物資を届けてくれた水軍衆に頭を下げるジェイバート。
「なあに。川を使った補給は、一門におけるお家の役目でもあるからな」
「それで残りの増援部隊はいつ?」
相手がハガネモリビト達だとすると、合流した百五十騎では要請の半分にも満たない。
「異なことを仰る。運べと命じられたのはこの百五十騎だけですぞ」
「今何と? 私に玉砕せよとでも言うのか! 合っして四百五十では捕縛するどころか殺しに掛かっても危ういのですぞ」
激高の余り喰って掛かるジェイバート。
「吠えるな脳筋!」
姿を現したのは男の姿をした少女であった。
「これはこれはモリ姫様。ご機嫌麗しゅう」
ジェイバートは色々と問題のある男だが、他家の姫に対する礼儀は心得ている。まあ、あくまでも最低限のものではあるが、剣帯から鞘ごと剣を抜いて鞘の方を右手に持って片膝を着く。
詰まり、瞬時に攻撃が出来ない様にして他意無き事を明らかにした。
「一瞥以来だな。似合わん事はするな」
「はっ」
ジェイバートは儀礼を解いた。
「まずは増援の兵だが。百騎はアイザック様より遣わされた負傷兵の交代要員だ。負傷兵は今受け取り、タジマが責任を持って御領地に送り届ける」
「はっ!」
「残りの五十騎はフィン様よりの与力だ。アイザック様が、他の兵とは分けて使えと仰せになった」
「はっ! かしこまりました」
思いも掛けぬ成り行きに、戸惑いを覚えるジェイバート。
「そしてこれが、アイザック様より。こちらがフィン様より下された封緘命令だ。どちらも明日、日の出を待って開封せよ」
「はっ!」
ジェイバートは二つの巻物を押し戴く。一方は主君から、もう一方は主君の対抗者から。但し、この事は主君が承知しているのだと言う。
何が何だか解らないが。主君が対抗者からの兵を受け入れて使えと言うからには、命じられた通りにするしかない。ジェイバートは、多分政治的なものなのだろうと想像するのに留めた。
(いったい。何が起こっているのか?)
幾つもの想定がジェイバートの脳裡に浮かんでは消える。
(タジマの横槍がはいったのだろうか?
御大将と御舎弟様は、実際にはどう思ってこの数を送られたのか?)
負傷兵を間引かれ頼りなくなった隊を前に、ジェイバートは悩む。
しかし彼が本当に頭を抱えるのは、封緘命令を開封した翌朝のことであった。