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諸家の動き-01

●暗躍する光

 僕が初めてスジラド君と出逢った街。そして人攫いに遭った街、奈々島(ななしま)

 あの時スジラド君に味方してネル殿を助けに行ったスラムの子供達は、今は新宇佐(にいうさ)村に移ったと聞いている。だけど彼らは今もこちらの人達と交流がある。そして僕も神殿関係のボランティアの関係で、出入りしても怪しまれない。兄が跡継ぎに恵まれるまでのスペア。部屋住みの弟の社会奉仕としては、至極真っ当なものだからだ。


 今日は余計な奴らに気付かれぬ様、そちらの伝手を使ってアンとリョウタに来て貰った。


 カンカン チン カカ トントントン。チン カカ チン カカ カカカカ チン。

 鳴り物で子供達を集めながら、

――――

♪アンズの頭に雀が一匹止ぉ~まった ド~エ~ ド~エ~~

 オーエの小豆を半殺し トーミの枝豆すり潰し

 五寸にんじん裏漉して カボチャの餡を臼で搗く


 アンズの頭に雀が一匹止ぉ~まった ド~エ~ ド~エ~~

 藻焼きの塩を加え煮て 粗熱取って蜂の蜜

 一寸玉に整えて 一月掛けて塩涸らし


 ほら 滋養丸だよ この玉食べれば 無病息災 よろけを防ぎ 鳥目を治す♪

――――

 調子良い、ヨナ抜き音階の都節。

 鳴り物を打ち鳴らしながら、子供達を引き連れて歩いて来るのはアン。


「タコにぃ~。カマス! タコにぃ~。カマス! マグロの()けはいらんかえ~」

 幼い子供には、タコに咬ますと聞えるらしく、怯えて逃げる者や母親の胸で泣き出す子供もいる。

 天秤棒で笹を敷いた魚桶(うおおけ)を担いで遣って来るのは、昔やっていた棒手振(ぼてふり)り商い姿のリョウタだ。


 片や子供を呼び集め、片や子供を追い散らし。やって来るのはアンとリョウタ。

 男姿のアンの背格好は、スジラド君とほぼ同じ。


 すれ違いざまに軽く会釈した僕達は、少しづつ時間をずらして廃屋の学校へ集合した。



「頼みがある」

 僕は既にスジラド君の郎党とも言うべき二人に頭を下げる。


(さきの)カルディコット伯の死より、スジラド殿の立場は随分と厄介なことに成っています。

 現在、伯から頂いた禄が停止され、新宇佐(にいうさ)村の代官職も解かれている有様。

 神殿の戸籍に武士(モリビト)階級として載っているため、自由民ではあるのですが、家中の扱いはモノビトに成って居る模様です」


「へ?」

 素っ頓狂な声を上げたのはリョウタだ。

「おいらにゃさっぱり判らねぇんですが。

 スジラドの旦那がモノビト? とすると、家来のおいらや河向こうの開拓地の領民はどうなるんで?」


「開拓地の実情は知られていません。と言いますか、帳簿上は検地の成されていない以上、未だに魔物の領域扱いです。

 どのみち開拓したての土地から収益の上がる筈もなく、この先何年も資金投入して農地を整えぬ限り、税などが取りようが無い以上。お(かみ)からすると存在し無い領地なのです」

「つまり開拓地は丸ごと、幽霊畑ならぬ幽霊領地ってことですかい?」

「そう言う事になるね。拓いて三年目だからなんとか畑からの収穫も始まっているだろう?

 それが次の検地まで無税の作り取り。今は食うや食わずだろうけれど、間違いなく将来は有望だよ」


 土地の広さを収穫量に合わせるのは、荘園の資産価値を掌握するには上手い遣り方だ。誰でも帳簿の数字で税収が算出できる。

 しかし今回みたいな状況では、実情を見誤る元となるのがこの遣り方の欠点ではある。


「現在カルディコット一門の趨勢は、庶兄派・嫡弟派の二大派閥に加え、若干の中立派が居る。

 その中立派の中に、密かにネル殿派が息づいている。


 タチバナの家督を継いだ兄上は、代替わりのゴタゴタを理由に中立に遁れた。お(いえ)としての立場は中立派だ。だけど僕は兄上から、タチバナの家の為に保険を掛ける内諾を貰っている。

 首尾良く僕が当たりを引けば善し、お家を危うくするような大外れを引いた時は切り捨てる条件で、僕は自由に動いて良いとね。


 だから僕は兄上を囮として裏で動く。第五の選択として、恩義あるスジラド君に懸けさせて貰う。

 少ないが、ここに五百両の為替貝符と百両の金貨を持参した。兄上から貰い受けた工作資金で、失敗すれば絶縁の手切れ金となる僕の全財産だ。


 リョウタ殿もアン殿も、スジラド君の家臣と言うよりは仲間に近いと僕は思う。

 僕もその中に加えて貰えはしないだろうか?」


「アン。どうする?」

「持ち金全部張って来たんだ。あたいはいいと思うね」

 言葉を交わし決断する二人。代表したリョウタが口を開く。


「判りました。ならばこちらもぶっちゃけやしょう。

 領の開拓は順調です。極めて優秀な方が取り仕切って居ますから、今の所問題は出ておりません」

「それは本当かい?」

「嘘を言ってどうするんです」

 打ち明けられた状況に、僕の思考は付いて行きかねた。

 彼の地は、北の(はて)不帰(かえらず)の地とまで呼ばれる、厳しい環境の場所だと聞いている。

 だから彼らの好意を得る為、領の事を大袈裟に褒めた積りだった。なのにそれが謙遜の言葉一つなく全肯定されたからだ。


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