博奕のソロバン-04
●護送契約
チャック様と共に隊商に戻ると、
「取り敢えず支払い能力は確認した。当面取りっぱぐれは無いよ。あとは代価や条件の話になるから、団長の領分になるね」
と、チャック様はスズネさんにバトンタッチをした。
「ここから北の領を目指すのなら、今のままの戦力でも良いですけどねー。神殿に向かうとすれば心許無いですよー。
商談としては判りますがー。販売メインで売り付ける先までの運搬となるとですねー。
危険に見合ったお金を頂きませんことにはねー」
理屈は解る。
そもそもハガネモリビトは過剰なほどの武装していることで、安全確実に物資を運ぶ代わりに値段を上げて取引している。確実に運べると言うのは物資のロスを考えなくていい分だけ商品の質も高いと言う事だ。
それゆえに中央の刀筆の貴族の政治的保護を受ける事と成った。そしてその武力を背景に、荘園からの税の取り立てや都までの運搬を一手に握って今日に至る。
「都の参議様、関白様からでも、徴税手数料一割と道中費えの実費と日割りの日当を頂いているんですよー。只働きはお上に対し不敬となるんですー。
たまたま出くわした流民や孤児なら、下働きや売り物のモノビトと言う形で保護して、神殿に連れて行きも致しますが。
苟もカルディコットの大姫様にそんな真似は出来ないですよー」
と前振りをしたスズネさんは、
「値引き分の運賃。そして、神殿までのお三方の警護代。こんなもんでどうですかー」
ソロバンを取り出し僕に見せる。正直暴利だ。僕はパチパチと数字を直し、
「不良在庫です。荷はこんなものでしょう?」
僕が知る最新相場の八掛けだ。
「……これは荷の分だけなのですかー?」
口元も声もにこやかだけど、目は笑って居ない。
「荷についてはこの通りですね。荷については」
一瞬手で隠した唇を、ピーと発音する形から閉じて笑顔を作る。これはマコトの知識にある方法だけれど、意外と役に立つ。
「宜しいですよー。では、警護の対価についてお話ししましょう」
スズネさんはソロバンを一旦ご破算にして、珠を弾く。
「少なくともこれだけは頂きませんとー」
例によって吹っ掛けだ。桁が丁度一つ違う。
「なるほど。ではこれでは?」
三倍プッシュ。スズネさんの顔に驚愕の色。好し、主導権を取った。
スズネさんは恐る恐る。
「スジラド殿。桁を間違えていないですかー」
うん。普通そう思うよね。でも違うんだ。
「これはネル様お一人の警護代です。ガディコットの大姫の警護費用なら、最低この位は出しませんと。さもなくば、懸賞金によろめく輩も出て参るでしょう。少な過ぎますか?」
あ、落ちた……かな? 僕はスズネさんの心が今、引き受ける事を前提への交渉に傾いたように見た。
●補給と襲撃予測
にやりとスズネさんは笑った。
「相場の八倍吹っ掛けたのだよ。値切ると思ったら値上げしてるとは、いい度胸なのだよ」
僕は笑い、
「僕もネル様もそんなに安っぽくないですよ」
と見得を切る。
一人外されたデレックが、何か言いたげに口を尖らせている。でもね悪いけどデレックは、敵に売り渡す商品としては廉いんだ。高値が付くのは家督争いの神輿に成り得るネル様。そして解放地を掌握している僕なんだ。
隊商の人々。ハガネモリビトと呼ばれる人達は、商人であると同時に武人だ。
だから明らかにお金を積まないとやばい案件なのに、お金で釣れる気が全くしない。
見た所、戦国時代の傾奇者のように派手な出で立ちの人も多いから、利以外の理、伊達や酔狂も加味して見えないソロバンが弾かれている。今回だけで済む話とは限らないからだ。
被り得る損害。得られそうな利益。それを短期と中長期のそれぞれに、鏡の如き水面に月を映す如く冷徹な試算を行っている。
それでいて同時に、彼らは面白そうな遊びに首突っ込みたがってる。夜泣きしそうな腕を擦る昂りが、波紋の様に広がっている。
もちろん、投じた一石は僕の依頼だ。
「まあ、私は面白いと思うのだよねー」
結構やる気を見せるスズネさん。
「じゃあ……」
そんな僕の言葉を遮る掌。
「待つのだよー。先の連中を先手あるいは物見とすれば、神殿までの道を玉石の代わりに匁銀貨とまでは行かずとも、銭鉛貨で舗装する必要があるのだよ。
他のハガネモリビトに話を通し、せめてあの三倍の大物見がやって来ても、食い破るだけの衆が必要なんですよー。
それには先立つ物が入用で……」
「つまり……」
僕はじっとスズネさんの目を見る。
「あー。スジラド君」
チャック様が口を挟んだ。
「この人は君達の度胸が気に入ったのもあるから協力してやらなくもないが、他のハガネモリビトを動かすには相応の利益が必要だと言ってるんだよ。しかも先払いのね。
この隊商に限って言えば後払いでも構わなさそうだけれど、他は先に払いを求めて来るってことなんだ。
先ず以て、襲撃は次の街までに確実にあるだろうからね。補給を受けられる場所の手前を狙うのは襲撃の基本だよ」
「となると。担保が必要ですか」
僕の答えに、スズネさん達ハガネモリビトの隊商の面々は頷いた。





