博奕のソロバン-03
●目的地はどこ?
「それで君達の当面の遁れ先だけど……」
チャック様が尋ねると、
「神殿かな? あそこなら勢力的に中立だし、不輸不入の権もある」
デリックが心当たりを言う。それが当初の目的でもあったからだ。
「デレック。ネル様を頼むよ」
「任しとけ! 俺の目の黒いうちは指一本触れさせねー。ってスジラドお前、どっか行くみてーだな」
あ、デレックでも気が付くか。当然の事ながらチャック様の気付かない訳がない。
「改めて聞くよ。スジラド。君はどこへ向かう気なのかい?」
チャック様がそう聞いた。
僕は言葉を濁し、
「今は、たとえネル様でもチャック様でも言えません。敵を欺くには先ず味方からと申しますし、この世界、知らないことが身の安全に繋がる事も多々あります」
と、デレックにも判る様に噛み砕く。
「それは暗部にも通じる理屈だね。判った。
ネル。デレックを連れてちょっと外して貰えないかい? ここから先の話は、ネルが知らない方が安全だ」
するとネル様は、
「お兄様が言うなら、きっとそうね。スジラド、あんたに任せたわ」
「ネル様それは!」
「デレックは黙ってて」
立ち合いたがるデレックを制し、聞き分け良い返事をしてくれた。
「では、お金の話はこれからとして、お二方をこちらの馬車にご案内しますね~。取り敢えず内緒の話が出来る場所まで移動します~」
スズネさんが声を掛ける。
「ネル様とデレックをお願いします」
お願いするとスズネさんは、
「それは報酬次第ですよ~。神殿も『働き人がその報酬を受けるのは当然である』と仰ってますよ~。
クスノキの獅子旗はお廉くはないんです~」
本音か交渉か判らないけれど、スズネさんは即答を避けた。
僕とチャック様は、ないしょ話をする為に辺りに身を隠す所が無い広野まで移動した。
そこでチャック様は改めて、
「ここなら、辺りに隠れ潜む場所もない。さっきの話だが、続きはいいかい?」
と話を切り出した。魔法を使って話を聞きとるとしても、魔法の力が及ぶ範囲に立ち入り次第発見される。
下手な室内よりも機密は守れるはずだ。
僕が頷くとチャック様は、
「君の領地。と言っても、今は国に税も納めていない無法地域扱いだけれどね。
そちらへ戻る可能性はどちらの兄上も考えて居る筈さ。どうするスジラド。いかにして連絡を取る?
この事は当然追手も手配はしているだろうね」
「そちらへの連絡は他領から潜り込んできたスパイを逆に利用することで可能です」
僕は自信を持って言い切った。正直綱渡りだとは思うけれど、僕さえ完全には信じられないことを信じて貰える訳もないからね。
「実は、定期的に食料を買い付けに来る諸侯の御用商人が、幾つかあります。それらの荷に紛れ込ませる形で密書を封入する事は可能です。それに、今はアイザック様はうちに手出しはしない筈です」
「密書の件は判ったけれど、どうして手出しをしてこないと断言できるんだい?」
多分チャック様はある程度ご存知だ。だけどそれを僕の口から言わせようとしている。どれだけの事を言うべきか。それも含め僕を量っている。
「それは、アイザック様の意を受けたナオミさんが領を仕切っているからです。いずれ自分の物になる。若しくは今のままで幾らでも利権に食い込める。そんな金蔓をわざわざ潰す阿呆がいるでしようか?」
「ふーん、なるほど。じゃあ、もう一方の動きはどう見てる?」
「フィン様も、魔物の領域を切り取った新領を荒れた形で手にするより、如何に巧みに利を吸い上げるかを思案なさることでしょう。
金の卵を産む鶏も、殺してしまっては元も子もない。フィン様を支える文官達は新しい利権を惜しむ筈です」
どうだろう? 及第点は貰えただろうか? 敢えて口にしなかった話もあるけれど、手品の種の大本は打ち明けた。
人は利を好み損を嫌う。恭順の意を示した上で、攻め滅ぼしてはソロバンが合わない、自治を与えた方が永きに渡って都合良いと認識させることが出来さえすれば。万が一にも不覚を取ればお家の威信に傷が付く危険な戦に訴えることは避けるはずだ。
「ふ~ん。まあいいかな。
そこまで言えると言う事は、先ほどの商談を進めるに足る資産を、未だに君個人が握っていると言う証左だね。
だけど、僕と違ってあいつらは商人であることを忘れないで欲しいな。金の切れ目が縁の切れ目は当たり前だよ。
でもまぁ、君達はヤバイからね。好んで弓引く事は無いとは思うけどね」
チャック様は最悪でも彼らハガネモリビトの敵対的中立をほのめかした。





