博奕のソロバン-02
●商談
「スジラド君。君も言うね。
だけどここからは本来の隊商リーダーに引き継ぐから、そちらと話をしてみたらどうだい?」
チャック様が目配せすると、壮年のハガネモリビトが引き継いだ。
「隊商団長のスズネ クスノキです~。ほんとあなた言うわね~」
ごつい顔に似ず、間延びした喋り方。
「ところで。あなた達追手に追われているのにどうする気なの?」
言葉はアレだが鋭い眼差しで睨みつけて来る様は、魔物が獲物を狙うかのようだ。目の真剣味が演技とも思えない光を帯びている。
なるほど。こちらの品定めか。
僕は子供の戯言と流す気は無いと判断し、提案する。
「神殿なら、今直ぐ全部買ってくれると思います」
「神殿?」
首を傾げるのは当然だろう。神殿は自衛の武力を持ってはいるが、それは主に魔物と闘う為だ。
稀に盗賊征伐もするが街道周辺の治安維持活動の一部に過ぎず、神殿騎士が武装勢力と戦争をした記録は残って居ない。
「実はですね」
僕は神殿から頂いた牙笛をお守りの中から取り出し提示した。
そして魔力と息吹を籠めて吹くと、
ポゥー! ライター程の火が噴き出すと共に、G音つまりハ長調のソの音が長く響く。
忽ち、スズネさんは威儀を正し、
「卿は既に、権伴の比倫でありましたか」
周りハガネモリビト達の僕を見る目が変わった。
「卿の後ろ盾が神殿とあらば、売り渡すことに否はありません。しかし、これだけの武器となりますと、神殿と言えども直ぐに支払いは出来かねるでしょう」
つまり無い袖は振れない可能性もあるのでは。と、スズネは心配している。
「それですが」
僕は前カルディコット伯の牙符を見せる。
「新宇佐村隣接未開拓地切り取り次第」
目を真ん丸くする。
「はい。一反開けば一反の領。千石開けば千石の領。
魔物の領域より自儘に切り取って我が領にせよと。お許しを頂いています。
新宇佐村の代官職を解かれても、先代様が安堵した領を取り上げる法的根拠はありません。
開拓地は未だ僕の領域です。石高は下々畑で八千石。最後に受けた報告では、実際には下畑から中畑相当の収穫となって居ます」
笑えることに、数字だけで見れば上位男爵家から下位子爵家相当の領地なんだ。
「あの、不帰の地が、今そんなことに」
「内密に願いますね。もしも神殿側で支払いが叶わぬ場合には、オリザと交換する形で買い取らせて頂きます」
頷くスズネさん。そして彼は、こう切り出した。
「スジラド殿。現在、卿がどんなお立場にいるのかご存知ですか?」
「一日にして余りにも変わり過ぎました。お教え願えますとありがたい」
スズネさんの話によると、現在僕は、捻じれた身分と立場に居る。
僕を取り立ててくれたネル様の父親が急死した為に、新宇佐村の代官職は解かれている。
僕があまりにもネル様に近い人間であるのと、モノビト上がりでカルディコット一門内に強力な後ろ盾がないからだ。
知らず継嗣の儀式を受け、同腹兄である嫡子フィン様、そして庶子長兄であるアイザック様の対抗者に立ち得る資格を持っていてネル様。
それでもそれだけならば、実際に武断派を掌握しているアイザック様と、中央貴族の覚えも目出度く一門の文治派を支持基盤とし、筋目の有利も持つフィン様の家督争いはあっても、女のネル様を担いで家督争いに加わる者は居なかったはずだ。
しかしそこにネル様に近いモノビト上がりの僕が、前カルディコット伯の秘蔵っ子として頭角を現して来た。人によっては僕こそ真っ先に排除すべき敵と成って居る。
笑えることに邪神退治の功名は文治派の人間から、新宇佐村の発展は武断派の人間から、自分が推す次のカルディコット伯の為に好ましくない者と為って居るらしい。
それで僕は彼らから只のモノビト扱いされているそうだ。
僕は言う。
「しかし、主の主は主足らず。文治派が考えるように一片の命令書で、僕の家来となって居る人達が従う筈もありません。彼らは僕の家来だから今の立場と収入を約束されているのですから。
そして武断派が考える様にならば武力でと言っても、領の立ち位置はかつてのウサ家。迂闊に討てば魔物の領域と接して要らぬ苦労を呼び込む羽目になるのです。
結果として、次のカルディコット伯の体制が整うまで、手が付けられる筈もないじゃないですか」
「なるほどですね~。その時間を使って、手を打たれるのですね~。これは良い事を聞いたのだよ」
スズネさんは、無骨な顔を綻ばせて右手の親指と人差し指をソロバンの玉を弾くように動かした。
只今調薬中。体調不安定になって居ます。今日明日は更新できると思います。





