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動乱の始まり-04

●岩山を抜けて

 何しろ火星探検車みたいな構造の馬車だ。馬の爪の留まる限り、通れぬ場所は少ない。現に易々と険しい岩の路を抜けて行く。これで殆ど揺れが無いのだから、化け物みたいな馬車だ。


 七歳の儀とも十二歳の儀とも異なる道を通り、神殿を目指す僕達。

 神殿を頼るのは、世俗の(しがらみ)を持たぬ勢力と言うのもあるけど、三年前に成された神殿が僕達の力になると言う特別な約束の話もある。


 またハリーの手紙にネル様の兄上、つまり末兄のチャック様が神殿に向かって居ると言うのも大きかった。

 伯爵様の計らいで、知らないうちに家督相続の権利を持ってしまったらしいネル様と利害の衝突しない兄弟は、早々に後継者争いに加わらないと家を出たチャック様だけだ。

 アイザック様もフィン様も情の無い人では無いけれど、その配下全てが同じ考えじゃない。お二人に対する忠誠の余り、ネル様の命を狙う者が居ないとも限らないんだ。


 そして僕にとって一番大きいのは、モノビトから引き揚げられた僕は伯爵様から与えられた、位階も禄も部下も職も改めて次代様から安堵されるまで凍結されていると言う事だ。

 当主に目を掛けられたモノビトが、お家乗っ取りに及ぶのを防ぐ為の規定なんだけれど、今回これが不利に働いた。

 自由民としての立場は神殿が裏書きしたもの。たとえ主家でも奪えない。だけど新宇佐(にいうさ)村と開拓地は、既に召し上げられたと考えて間違いない。

 まあ、そこの収入は更なる開発に使われている。だから実際から奪われたものは、与えられたサンピンって言われる禄くらいだけどね。


「スジラド。この道でいいの?」

 ネル様が僕に聞く。なにせ、鵯越みたいな所を降りること前提の道取りなんだもの。

「うん。サンドラ先生の馬車でなら大丈夫。馬が通れる所ならどこだって進めるんだ。この先の崖を降り、街道に入る。そして進路を神殿に取るんだ」

 手短に僕は説明した。


●物見の報告

「隊長。物見が戻りました」

「直ちに報告させろ」

「はっ」

 スジラド達を追うジェイバートの元に、先行させていた物見の一人が帰って来た。


 徒歩(かち)にて戻った兵は一人。健脚を活かすため、短めの剣を下げているだけで鎧らしい鎧は付けていない。


「報告!

 東の岩山を、山羊の如く進む異形の六輪馬車を発見。形状はカサンドラ導師の馬車に酷似。一時間ほどで街道に出ると思われます。

 以上、報告終わり」


「でかした! 正規の褒賞は後の事として、取り敢えずこれを授ける」

 ジェイバートは、馬に下げていた草鞋を一足取って与える。

 大したものでは無いがすぐに役立つ消耗品だ。何より、すぐさま手柄を賞するのは味方の士気を上げるのに良い。


「山羊のようにとは恐るべき馬車だ。だが、所詮は馬車一台。どんな仕掛けが有ろうとも、我らが網を食い破れまい。捕縛が第一、だが手に余れば構わん。捕殺せよ」

「応!」

 ジェイバートの下知に、兵達はいきり立つ。

 しかし中には分別の有る者もおり、

御大将(おんたいしょう)妹君(いもうとぎみ)は如何なされます?」

 と確認を取った。

「謀反人故、最悪討ち果たすとも已む終えぬ。勿論、大人しく降る場合には、礼を失してはならぬ。縄目の恥など論外だ」


 目標を定めたジェイバートが、配下に次々と指示を与える中。


「報告!」

 街道沿いに放った物見も帰って来た。


「報告!

 神殿に続く街道付近には、隊商と思われる箱馬車二十四。荷を積んだロバ二百。ロバに牽かせた小振りの馬車三十。

 護衛百騎はいずれも磨かれた金属鎧を身に付けた重装備にて、ゆっくりと神殿方向に移動中しつつあり。他は徒歩の巡礼らしきもの疎ら。

 以上、報告終わり」


 完全武装の護衛が百。それを聞いた瞬間ジェイバートは、

「拙い! そんな連中はハガネモリビト達しか居ない」

 反射的に口走った。


「隊長。邪魔ならそいつらごと遣っちまえば……」

「戯けが! ハガネモリビトならば、中央の刀筆の貴族と繋がって居らぬ筈がない。

 奴らを敵に回すなどお家の一大事だ。


 逃げるスジラドめがそこに飛び込むと、追い掛ける我らが賊と誤解されかねん。

 両者が近づく前に何としても導師の馬車を抑えるぞ」


 ジェイバートはここで馬車との交戦を急ぐことにした。


2018/09/10 誤植訂正

スジラジめ → スジラドめ

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