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動乱の始まり-03

●師匠は怒る

「汝は()ぞ」

 モーリは館の主カサンドラ導師と共に、攻め上って来る軍勢と対峙した。


 傀儡(ゴーレム)兵との戦いで、死人こそ出ていないが多数の負傷者を出して居た軍勢の隊長は、

「上意の使者に弓引くとは、不埒千万。大人しく縛に着け」

 と呼ばわる。


 モーリは、睨んだ(ひとみ)の瞳孔を絞り人斬りの威を発する。モーリを中心に、波紋の如く話される動き無き突風のような物。兵の半ばはそれだけで剣氣に中り、文字通り腰を抜かした。


「上意とは誰の意だ?」

 底冷えのする声で問うモーリ。


「ご長子様のだ!」

 怒鳴り返せるだけ、肝が据わって居る隊長。


「儂はガディコット伯の客分にて、武術指南役を務めるモーリだ。そして、ここは同じく客分のカサンドラ導師が屋敷ぞ。


 孺子(こぞう)。一体誰に物を言っておる? 上意とは、主君が家臣に対するもの。伯の使者ならばいざ知らず、その(せがれ)の使者如き手合いが使って良い言葉では無いわ」


 極め付けるモーリに隊長は。


「伯爵家ご連枝(れんし)に弓引いた事実をなんとする!」

 言い返すが。


「戯け! 先触れも出さず、完全武装の軍勢で推参(すいさん)する礼儀知らずがどこにいる? 賊と間違われても当然では無いか」

 モーリは呆れた声を漏らす。


「す、推参すいさん? 仮にも連枝の使者を門付(かどづけ)呼ばわりとは無礼であろう」

「他に言葉があるのかね? その差し出がましさ、無礼のさま。一度字引と言う物を引いてみるといい。それ以外に言い表す適切な言葉があるのかね?

 世の中はアイザック殿中心に回っているものでは無いと、思いも寄らぬ分別無し。出過ぎるな孺子(こぞう)


 世間一般に見て、礼儀知らずは隊長の方だ。


「それで。何用ですか?」

 埒が明かないとカササンドラ導師が口を開くと。隊長は言い放つ。

「ここにスジラドと言うモノビトのガキや謀反人のネルが居る筈だ。引き渡して貰おう」


 カサンドラとモーリは顔を見合わせて、

「モーリ師匠。仔犬ちゃんの身分は」

「従騎士。いや、先の功績で成人を待って騎士爵でしたな。所で先生、ネル様はどんな御方でしたかな?」

「カルディコット伯爵の嫡長女。大姫でしたわね」

「第一、どちらもここにはおらぬわ」

 こいつ何を言って居るんだと言う小芝居を演じる。


 そんな冗談も通じない隊長は、

「謀反人の仲間だ! 捕縛しろ!」

 と兵を二人に吶喊させる。


「お馬鹿さん」

 カサンドラが短杖を一振りするや動き出す彫像。

 繰り出される楯を構えた兵達が、マンガのように宙を舞う。


「怯むなぁ! 進めぇ~!」

 決死の覚悟で石段を駆け上るも。

「はい。ご苦労様」

 コントのように石段が滑り台になる。


「た、退却ぅ~!」

 当に()()うの(てい)で退却を命じた隊長は、

「覚えてろ~」

 と、小悪党のような捨て台詞を残して立ち去った。


 騒がしい連中が居なくなった直後。


「そこのお主。いつまで隠れている気か?」

 モーリが一匹の山羊を睨みつけた。

 するとその影から、


「やはり気付かれましたか」

 仮面舞踏会のようなマスクで顔を隠した小柄な人影が現れた。

「モーリ師匠とカサンドラ導師を謀反人呼ばわりなど、お里が知れる連中ですな。伯爵閣下は雇い主であってもお二方の御主君では無いと言うのに」


「儂は雇われて久しいからな。中には譜代と勘違いしている者もおろう。しかしお主。カルディコットの暗部……。では無いな。フィン殿の手の者か?」

「御意」

「こちらから敵対する気は無いが、降り掛かる火の粉は払わせて貰う。それはカサンドラ導師とて同じ事。我らは伯爵個人の依頼を受けておったのでな」

「解りました。左様伝えます」


 数日後。カルディコット伯爵の館。

 手の者からの報告を受けたフィンは、

「認めよう」

 すぐさま部下の建白を容れた。そして確認する。


「それで追手の頭はジェイバートか。確か兄貴の駒でも一、二を争う思い込みの激しい馬鹿だったな。兄貴への忠誠こそ篤いが、兄貴が持て余すほど盲目的な」

「御意」

「あの程度の者にどうこう出来るタマとも思わないが、お前の言う通りスジラドの正体を探るには丁度良いだろう」


卒爾(そつじ)ながら」

 手の者が問うた。

「なんだ?」

御舎兄(ごしゃけい)様にはお報せになりませんので?」

 密かに探るのか、そうでないかの確認をする。

「兄貴はスジラドを信用し過ぎているからな。親父が異常にスジラドを引き立てようとしていたことは知っているだろう?」

「はい。如何に有能とは言え、一部に御落胤(ごらくいん)では無いかと囁かれるほどに」


 モノビトの子を子弟の腹心とする為に教育を施すのは良くある話。そして信賞必罰は弓の貴族ばかりでは無く、国家の拠って立つ所。

 しかし如何に大功あろうとも、成人と共に騎士爵叙任は異例中の異例。


「掴んだ情報は、くれぐれも兄貴には知られぬように。なに、時期が来たら直に話す」

「はっ!」

「ジェイバートにスジラド達が討たれぬように、また返り討ちに遭わぬように、必要に応じて双方に(くみ)しろ。但し気取られぬようにな。委細任す」

「はっ!」


 こうして、捕縛しようとする者と暗躍する者がスジラド達の後を追った。


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