動乱の始まり-02
●駒が足らぬ
帝都オリゾでカルディコット伯爵が死んだ。
不可解な事に下手人は不明。
「間違いないのですか?」
報を受け取ったフィンは問い返した。
「今の所、確認できたのはここまでです?」
筋目から言えば、嫡男として次のカルディコット伯爵と見做されているフィンと言えども、掌握しているのは主立った文官だけだ。襲爵するまで譜代の宿将を始めとする武官を動かすのは難しいし、まして暗部など誰が掌握しているのかすら聞かされていない。
思案を巡らすフィン。まるで彫像のように動かなくなった彼を見て、報告者は冷や汗を掻く。
微動だにしないフィンの内より漏れだす魔力の高まりが、弓弦の響かぬ程に張り詰めて矢を放たんとする如く、漲る水を千尋の谷に決っしようとするが如く、感じられたからだ。
やがて口を開いたフィンは、
「スジラドか……。スジラドの力を削ぐためか」
と呟き、苦々しくもこう吐いた。
「このまま手を拱かば、あいつは家中に不動の立場を築く。気持ちは判る。しかし、だからと言って父上の弑逆にまで及ぶものなのか?」
くわっと目を見開き。他殺だと断定する。
「打つ手を違えると、お家が割れる。
至急、諸侯に連絡を。鳩を飛ばせ! 兄貴には十羽以上だ」
それから半日後。伝書鳩で同時に同じ書簡を何通も受け取ったアイザックは、
「フィンの奴、余程慌てているな。だが、そこまでして俺に知らせてくれた事実は重い。
誰ぞ馬引けぇ~! これより新しきカルディコット伯を表敬し、合わせて臣下の誓いを立てる。
急げ! 誰も動けぬ内に代替わりを済ませ、他家に付け入る隙を与えるな!
親父を殺した奴らの鼻を明かして遣るぞ。カルディコットは一枚岩とな」
おっとり刀で一隊を率いる。全て騎馬の精兵だ。それぞれ二頭の替え馬を並走させ、乗り換えながら山野を駆ける。
「大将! にやけてますね」
「応よグンペイ。運が向いて来た。親父の直臣故、手にすることが叶わなかった飛び切りの将が手に入る」
するとグンペイは、
「そりゃないですよ」
と口を尖らせる。
「残念だが、俺の手下には読み書きがやっとの者しかおらぬ。先手の斬り込みや、小勢の指揮を任せる事の出来る者には困らぬが、戦場を俯瞰できる将がおらぬ。
出来そうなものと言えばオオミだが、まさか女を戦場に出すのを常とする訳にも行くまい」
「そりゃそうですがね。そいつ姐さんの代わりが務まるのですか? 確かに腕は認めますがね」
禍津神との戦いで、スジラドの武勇に一目置いているものの。将の器には半信半疑なグンペイ。
「そう言や大将。ジェイバートで良かったんですか?」
ネルの元に送った隊長の人選を問うグンペイ。
アイザックはふうと息を吐き。
「今、手空きが奴しかおらん。グンペイ。お前を含め豪の者には事欠かぬ。十人の頭や百人の長、軍の背骨となる者も多い。我に続けと殴り込む豪傑が一人いれば百人程度の敵は制することが可能だからな。
だが残念ながら将を任せるには武勇と忠誠だけじゃ足りぬのだ。小賢しい奴や狭い料簡のでは大事を誤る。与えられた任務に忠実なあまり、要らぬ騒動を起こす者でも使わねばならぬのよ」
アイザックは寂しそうに嗤った。
●脱出
第二報は、僕達が旅立ちの支度を整えた頃。宇佐村よりモーリ師匠が馬を飛ばしてサンドラ先生の共に遣って来た。
「暗部からの鳩です。ネル様も一読を」
一読するなりサンドラ先生は、
「なんてこと。仇を討たずにおくべきものですか。地の涯までも追いかけて、必ず伯爵の無念を晴らします」
普段の柔和な表情などどこへやら、怒りが顔に現れて、復讐の魔女か般若みたいに顔を歪ませている。
落ち着かせようとするモーリー師匠と主張を曲げようとしないサンドラ先生。
今この時も、カルディコット伯爵家家中が当主の突然の死の対応に奔走していることだろう。
「急ぎ出立しましょう。このままでは僕達は潰されます」
僕が促すとネル様も、
「そうね。死ぬ少し前にして居たことが、あたしに家督相続させる根回しだったなんて。まさか、あの儀式がそうとは知らなかったわ」
少し声が震えている。
先日ネル様が受けた祝福の儀式。十五歳の儀の一環だと思って居たけれど、あれが家督相続の為の通過儀礼だとは知らなかった。
つまり、公式の継嗣であるフィン様と、家督相続の為の儀式を終えたネル様。カルディコット伯爵家には現在、二人の後継者が居ることになる。
手を拱いていれば、フィン様・ネル様の意志に関係なく家臣団が動く。
リリリリリリリリ!
警報が鳴った。
「侵入者ね」
サンドラ先生が短杖を執る。
「兵、三百と言ったところですな」
モーリ師匠が剣を抜く。
「ネル様はスジラドと神殿に逃れて下さい。追手は俺が食い止めます」
少し脳筋過ぎると言ってもデレックとて騎士爵継嗣。僕達と同じ弓の貴族の教育を受けて来た。だからネル様が生きていると都合の悪い連中が居る事も理解した。
「待って!」
と僕は口を挟む。この状況は、あの予言が成就しかかって居る。咄嗟に思い浮かべたのはデレックの裏切りの予言だ。残せばそれが成就するかも知れない。
裏切りは必ずしも本人がそうだと意識しているとは限らない。デレックが良かれと思ってやったことが、結果としてネル様を裏切る事になるかも知れないのだから。
僕は理由をでっち上げる。
「僕だけじゃネル様を守り切れない。たった一度の襲撃でどうしようもなくなる」
咄嗟に思いついた理由だけれど、これはどうしようもない事実でもあった。
「傀儡兵の自動迎撃が始まったわ。モーリさん」
「うむ」
動き出す二人。
「ここは心配いらん。早く神殿へ行きなさい」
モーリ師匠に急かされた僕等は、秘密の通路から抜け出してサンドラ先生の館を後にした。
先生ご自慢の六輪馬車で道無き道を抜けて行く。
マコトの知識が加わって、変態と呼ばれるほどに魔改造された馬車で。





