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待って居た者-08

●待って居た者

 光りが眩しい。陽は既に傾いていると言うのに、明る過ぎる。

 目をパシパシさせながら、僕は暗闇から外の明るさに目を慣らす。


 病院の如くなって居た神域近くの部屋に戻ると、無事峠を越えた子供達が待って居た。


「薬、分捕って来たぞ!」

 デレックが瓶を両手で掲げる。

「兄貴ぃ……」

 無理して身体を起こしたのはミサキちゃんだった。


「無理するんな。無駄に体力使うと治りがおせーぞ」

 デレックから受け取った瓶から血清を注射で吸い取る神官さん。針を上に向けて空気を追い出し注射をして行く。

 大丈夫かな? 使いまわしで。一応消毒はしているみたいだけれど。


 注射が終わって三十分。見違えた様に元気になったベーブが、今日明日は安静にするように言われ、

「えー。遊んじゃ駄目なの?」

 とぐずり始めた。他の子も、ベッドの上で飛び跳ねるベーブ程に大きな変化は無いものの、皆良好。マガユウの(わざわい)はすっかり消え去ったようだ。


「シアさん。頑張りましたね」

 落ち着いた大人の女に人の声が後ろから聞こえた。

神子(みこ)様!」

 シアの言葉に一斉に立礼を取る神殿の人々。そうだよね。神子様ってこの神殿の一番偉い人なんだから。

 勿論、そうしたのは患者のお世話最中の人を除いてだけれど。


 神子様。確かに神々しい人だ。その肩にはチカの姿も見える。だけどさっき下水道で出会った神子様とは別人だ。声は子供の様なキンキン声では無く、話し方も穏やかその物。


「この度は眷属の事で、大変ご迷惑を掛けました」

 深々と僕達に向かって頭を下げる神子様。騒めく神殿関係者。


 手で合図して抑えた神子様は、

「シアを除いて神殿の者は席を外しなさい」

 僕達の前から人払いをした。そして彼らが退出し終わるのを待ちかねたように、

「お兄ちゃん!」

 いきなり僕に抱き付いた。


「えっ? ええっ?」

 突然の抱擁にネルは神殿の最高権力者を前に、酸欠になり掛けた金魚のように口をパクパク。


「お兄ちゃん。本屋っ子のお兄ちゃん」

 ホンヤっコのお兄ちゃん? この呼び方は……。ふっと浮かぶ一つの名前。

(のぶ)……ちゃん」

 今思い出した。本屋っ子のお兄ちゃんで思い出した。

 字は初見の先生が必ず悦子(えつこ)と読んじゃう字だけれど、実は悦子(のぶこ)って名前なんだ。

 僕の、(まこと)の幼馴染の双子の女の子の一人で、僕が小学校の頃、事故で死んじゃった子だ。一年生で算盤のお免状を持って居た子で、計算が物凄く早かったことを覚えている。


 ノブちゃんは小型のハーモニカの様なパンパイプを取り出して息吹を籠める。

――――

 ど ふぁードドー らっふぁっれっ どふぁふぁー ドっ そー

 ど ふぁードドー らっふぁっれっ どふぁふぁー そっ ふぁー

――――

 それは僕とノブちゃんとノブちゃんの妹のえーと……。名前が思い出せないや。

 それとやっぱり名前が思い出せないけれど男の子が二人。幼稚園の時一緒にミニガンボールの練習をした仲間だけの秘密のメロディー。

 秘密基地に遊びに来たのがノブちゃんだって合図なんだ。


「懐かしいなぁ」

「これは誰のか覚えてる?」

 パンパイプで鳴らすラッパの様なメロディー。

――――

 そっそそ そっそそ そそみそ らーらそー

 どっどど どっどど みみみど れーーそー


 そっそそ そっそそ そそみそ らーらそー

 どっどど どっどど みみーれ どーーーー

――――


「うん。君の妹のミカちゃんでしょ?」

「正解です」

「凄く元気な女の子だったから皆から男女って言われてたけれど。僕知ってるよ、本当はとっても女の子らしい子だって。

 だって幼稚園なのにボタン付け出来たんだよ。何度も僕、千切れたボタン直して貰ったもん。擦り剥いた子が居たら水で綺麗に洗って、持ってた絆創膏で手当てしてくれたし。

 それにね。美香子(みかこ)の名前の()の字も、()の字も、()の字も、みーんな女の子の名前に付ける奴でしょ。名前通りに女の子してたよ」


 くすっと神子様が笑った。

「思い出した?」

「うん、あの時の事思い出したよ」

「大きく成ったらサン・ミニガンに為るんだと言って、本気でミニガンボールの練習してたお兄ちゃん達の事、純粋でとっても可愛らしいと思ってました」

「ぇ、そうなの? 初耳だよ」

 これが黒歴史って奴だね。あの頃は僕、本気で成れると思ってた。


「お兄ちゃんは、本気でミニイーグルになる! って言ってたよ。

 だから怖い犬に吠えられた時だって、『ミニイーグルが相手だ!』って助けてくれた」

「そうだったっけ? 幼稚園の頃だよね?」

「うん。私の代わりに犬に追いかけられて逃がしてくれたよ」

 締まらないヒーローだなぁ。


「……思い出した。散々追っかけられて、迷子になった覚えがある」

「うんと心配したんだよ。私もミカも」

「ごめん」

 今更だけれど謝ると、

「あの時ね。いなくなったけどちゃんと戻ってくれた。それで十分だよ」

 と笑って言った。


「何よ! 何よスジラド、もうスジラドだからで済まされないわ。後であたしに説明なさい!」

 なぜか目を真ん丸くしたリアを後目に、ネル様の声が元病室の中に響いた。


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