待って居た者-07
●これって神託?
謡う様に道う巫女らしき者。
――――
天に二つの陽は照らず、六合に二人の君は無し、家に二人の主無し。
ああカルディコットよ千年の樹よ心せよ。汝は遂に蠱されん。
ああコーネリアよカルディコットが若枝よ。禍の日にも強くあれ。
血を分かつ、二枝は汝の寇となり。乳分かつ、一枝も遂に仇を為す。
忘るるな。斧に乳の枝が柄を貸して、遂に汝は横たわる。
耳あらば聞け荒が兄よ。
千年の樹が若枝の当に伐られんとするその時、君は黄泉の牢に入る。
繰り返す、死の定めは繰り返す。
汝が蒙われしその地にて、蒙きを包るその宇の中。
――――
身動きの取れないまま、僕達は話し合う。
『なぁライディン。樹はカルディコット家。枝は家に生まれた子供の事だよな』
『そうだね。素直に意味を取ったら、カルディコット家にお家騒動があり血を分けた二人の兄は敵になり、乳兄弟の一人も害を与える。って言っている』
最初の会話で僕達は違和感を感じた。
『あれ? いつの間にか俺、元の喋り方に戻ってる』
『僕も。どうやら同調したせいで、君も僕も素の喋り方に戻っちゃったみたい』
身体に引っ張られてた物が、嘘のように消えてしまった。
『まあいい。続けよう。斧に乳の枝が柄を貸してと言うのはデレックが裏切ることを言って居るようだが』
『多分……。マコトもそう思う?』
『ああ』
すると横たわると言うのは、デレックの裏切りが原因で破滅する事を意味してるんじゃないだろうか?
そして更に不気味なのは荒が兄、つまり僕達に対する予言だ。
千年の樹はカルディコット家で若枝はネル様の事だから。伐らる時、つまりネル様が破滅する時僕にそれは起こると言って居る。
『すると、黄泉の牢の部分は、俺達が死んじまう予言と言うことか』
『そうとは限らないよマコト。予言と言う奴は不安定だもん。
だけど大抵、何も人の手が加わらなければそうなるんだよ。だから最悪に備えておいた方が良い。
昔母上から聞いたんだけど、神殿と繋がって居る権伴のギルドは、神託によって示された禍を防ぐために神殿からの依頼を受けてるんだって。
実際彼らの活躍で、大事になる前に沢山の禍が防がれているんだ。だから頑張れば運命は変えられるよ』
お家騒動が起こり、デレックが裏切りネル様が破滅し、そして僕は死ぬ。
しかもその運命は繰り返す。
否定したい。だけど厳かに響くその声は、紛れも無く神託そのものだ。
頼みの綱は必ずしも未来は確定では無いと言う事だ。
『あれも巫女様か?』
『違う。あれこそが神子様だよ』
訓みは同じだけれど、より神聖で高貴なる者。神々しいと言うべきか、信仰を集めた神と言うべきか。
僕はあれが神殿の御本尊と言われても信用したと思う。
『誰?』
不意に後ろに気配を感じた時。金縛りは解けた。
「神子様には困ったものです」
その声に反応するかのように去って行く前方の気配。
振り返るとフードを被った謎の男が立って居た。
「あれ? 戻ってる」
その代わり、この場から消え失せていた。だけど、チカとのパスが残ったまま。
気が付くと僕は元のスジラドの身体に戻っていた。元の通りマコトである僕の意識が中心だ。
今までと違うのは、チカ繋がって居る事と、今ライディンの意識が微睡んでいるのをはっきりと感じられることだ。
「スジラド! あんた元に戻れたの?」
何者かが立ち去った後、追い付いて来たネル様は僕を見つけると目を真ん丸くした。
「うん!」
「スジラドだから仕方ないわよね」
ネル様のぼやきに
「今更だろ?」
さらに後から遣って来たデレックは、真新しい服と秘められた力を感じる鎧を着け、小振りの瓶を片手に抱えて持って来た。
「その服は? その瓶は?」
と僕が訊くと、
「あの変態……野郎じゃないよな。ネル様、女の場合は何と言うんでしたっけ」
「女郎だけどデレック、品下るから止めなさい」
ネル様は平手でポンとデレックの頭を叩いた。
「取り敢えず、血清とやらを寄越したぜアイツ。溶かした服と鎧の代わりもこれこの通り」
品は前よりも良いような気がする。
「一応、魔法の鎧らしいわ。『余り良いものでは無かったのでな、試練を超えたらくれてやる積りだから溶かしたのじゃ』と言って居たから、変態と言うのも演技だったかも」
ネル様は言うがデレックは、
「どうだか? ネル様は溶かされなかったからそんな事が言えるんだ」
少し不機嫌な顔を見せる。
「あたしだって、おっぱい剥ぎ取るなんて言われたわよ」
「あのなぁ。無い物どうやって剥ぎ取るんだよ」
デリカシーの無い事を言うデレック。
おっぱいがある。ンなもんねぇよの問答が始まった。乳兄妹だからこそ許されるじゃれ合いだ。
「こほん!」
フードの怪しい男が咳払い。
「あ」「ああっ」
顔を見合わせるネル様とデレック。
「はしたない真似はおよしなさい。嫁入り前のお嬢さんが、無暗に連呼して良い言葉では無いですよ。残念美人と評判立っても宜しいですかな?」
「……はい」
消え去りそうな声で返すネル様。
「あなたもです。乳兄妹とは言え主家の姫を揶揄うのは程々にしなさい。まして他人の前で」
極め付けられて、少し不満は残るものの、
「確かに見ず知らずの人の前じゃ、お家の体面に関わるみっともない振舞いだったよな」
と渋々反省。だけどやはり癪に障るのか、
「で、あんたは誰だよ」
と口を尖らせる。
「当神殿の書庫を預かる者ですよ。一応、下水道の責任者でもあります」
と言う男は、うーむと唸り、
「管理室が滅茶苦茶です。後で神子様の眷属の取り締まりに付いて、上の者に奏上しなければなりません。修理にいくら掛かると思って居るんですかね。神子様は……」
その後ぶつぶつと呟いた声に、「昔からあの方は」とか「いつぞやは神殿の営田の収穫を種籾まで」とか、「人間は犬や猫の仔ではないのですよ」とか。
かなり鬱積した物が混じって居たのは聞かなかったことにしよう。藪を突いてオロチを出してしまいそうだ。





