真と雷電-02
●キミちゃんの授業
「どういう事? 元に戻れるの?」
キミちゃんはにっこりと笑い。立てた人差し指を振りながらこう言った。
「つまり推測するに、お兄ちゃんに何かあったんだよ」
「うん、鳥になってたし」
「そうじゃなくてスジラドの身体の方に何かあったんじゃないかな」
「ライディンは?」
「身体の本来の持ち主だからお兄ちゃんの方が剥がされただけなのかな?」
この子もこの辺りは自信なさそうだなあ。
今回は今までと違い、切迫した状況でこの白い世界に来た訳じゃないから僕もキミちゃんも、全く緊迫感と言う物が無い。元の場所では神殿の騎士さんに護られているし、ここでは時の流れはゆっくりだ。
まったりと話をしていると、突然すーっと大きな鏡が現れた。
「受信……何これ?」
「地下水道の見取り図だよ。ここまで詳しいのは私も知らなかったけれど」
見取り図の下に『ネル様デレック。最奥一つ前の×印の部屋で合流しよう。スジラド』とある。
「傍受しちゃってるね」
キミちゃんが言った。
「ほんとここ、とんでもない所だね」
呟く僕に、
「だって、ここ。邪神様によって創られた神域なんだもん。ほんとはこんなに簡単に来れない所だよ。神子様や枢機卿や選ばれし子供達ならいざ知らず。巫女の私だって、来ようと思っても必ずしも来れる所じゃないもん」
と、話してくれた。
邪神様と言うのは確か、三柱の神の一人でイズヤ様。見込んだ者に七難八苦を与え、試練を与え乗り越えし者に祝福を与えると言われる神様で、悪神でも禍津神でも無いけれどあんまりお近づきに成りたくない神様だ。
この際だ。どうやら時間がありそうなので、ついでに神子様とか枢機卿とかについても聞いておこう。
キミちゃんが教えてくれたのは纏めると次のような事だった。
――――
・神子様
一子相伝で代々神官や巫女の長をしている人。
清の御鏡と呼ばれる神器を司る人で、子供の時に傀儡兵を与えられ稚巫女となって、諸国を遍歴したりして神子様となる修行を積んでいるらしい。
代々の神子様は稚巫女の時代に、例えば魔物の子供を拾って来り訳ありの孤児を連れて来たりして、時には国を揺るがす事件に発展するなど例外なく人騒がせな事をしている。
・枢機卿
選ばれし子供達と呼ばれるエリート意識の高い謎の一族を従えた、神殿のありとあらゆる記録の管理責任者であり、邪神様から直々に『智慧の鍵』を託されし者。
普段は禁書と呼ばれる危険な記録や各地の神殿の神官長日記の写しを収蔵した神殿図書館にあり、殆ど表に出る事無く各地の年代記の編纂を担当している。
因みに枢機卿と自由に会えるのは、選ばれし子供達の年若い子供達と、彼に任命された潔き乙女だけらしい。
・神官長日記
各神殿の長である神官長が毎日つけて、月毎に写しをここに送る事を義務付けられた報告書。
その内容は記録場所・月暦陽暦それぞれの日付・天気・気温・風向き・主な日常品の値段の変動などを、定型書式に穴埋めする形で記録した味もそっけもない物である。
但し、これに合わせて周辺の大まかな動きや、土地の領主や要人の結婚・出産・死亡とその原因が事務的に記され、各神殿が有する戸籍登録者の変動も月単位で記されていた。
――――
うーん。この神殿が情報集約の中心なんだ。公開情報分析って言う奴なんだろうな。
この世界、とんでもない所で進んでいたりするけれど。これもそう言うものの一つみたいだ。
そうこうしていると、
「兄ちゃだー!」
どすっと横合いから衝撃を受けた僕は、そのまま勢いで飛ばされるかと思ったけれど、
少し身体を揺らされただけで大して位置は変わって居ない。
「ピヨッ?!」
誰?! と言った積りだった。だけど出たのは鳥の鳴き声。
「そのネタはもういいから」
ピシ! また斜め四十二度の古式床しい空手チョップを喰らい、
「あ、ありがとう……」
取り敢えずまたお喋り出来るようになった。
たった今飛び付いて来たのは、成人したばかりのように見える年頃の女の子だ。えーと、誰だか判らないけれど見知った顔に思える。
「コンちゃんだよ。『ウシトラのコン』ちゃん」
言われて僕は思い出した。
「えーと、クリスちゃん?」
「うん。そうだよ」
かなり面食らう。本当はまだ七歳になったばかりの女の子の筈なのに、ここではこんな姿なんだ。
「ここはそれぞれの本質が現れる場所だもん。お爺ちゃんお婆ちゃんでもちびっ子でも、皆このくらいの歳になるんだよ」
キミちゃんが言うので、
「赤ちゃんは?」
と尋ねたら
「シャッコウ様なら兎も角、流石に普通の赤ちゃんはそのままだけれどね」
と返事が返って来る。
「だったら僕はどうなの? スジラドの時もそうだったけれど、チカの時も変わってないよ」
「それはお兄ちゃんが天降りしシャッコウ様だからよ」
今更何を言っているの? と余りにもさらりと言われ過ぎて、僕の質問が止まった。