腐の迷宮-08
●古の法
壁の指示に従って左に進む。すると突き当たりに石造りの小さな祠のが有り、奥の祭壇には縦横三十センチの黄金の十字架とドアノブ程の丸いオーブが2つ。
「えーとー。これって……」
この配置はどう見ても、一大ブームを巻き起こした初期の家庭用ゲーム機のコントローラーにしか見ない。
しかも下には金文字で、
――――
Let's try
the classic command.
by Cardinal.
――――
と書かれている。
定番の命令を試しましょう? まさかと思うけれど、一つ思い当たるものが有る。
「上、上、下、下、右、左、A、Bっと」
すると、
「認証コマンドを受け付けました」
プチプチとしたノイズ交じりの女の人の声でアナウンスが有った。そして祠は僕を乗せて、ゆっくりと回り舞台のように回転する。
するとそこには、
「チカ! この前から居なくなってたけれど、なんでこんなところに」
六年来、僕の相棒でもある雉火が居た。
『一足先に待って居た。契約を新たにする為に』
「え?」
『今、この世に居る数々の契約者の内、スジラドお前が気に入った。邪神様の課す試練を乗り越えし時、改めてお前唯一人を主としよう。その為には』
チカは身体を小さくし僕の肩に乗っかった。するとどうだろう?
『先ずは下層への回廊を開かねばな』
と言うチカの声を最後に、目の前がふっと暗く成って僕は前後不覚に陥った。
●奥へ
「デレック!」
「ネル様!」
大楯で目前のカエルの攻撃を跳ね返し、急いでネル様の元に駆け戻る。
真直に迫ったワニの分厚い皮をネル様の三矢が貫き、のた打ち回りながらも襲い掛からんとする所を、俺は腰溜めに構えた剣で身体ごとぶつかって食い止めた。
そこへネル様の至近距離からの矢がワニの晴眼を貫き、やっとのことで絶命させる。
そしてすぐさま、後ろから追いかけて来たカエルを俺は振り向き様の横薙ぎで両断した。
「はぁはぁはぁ」
話そうとするが言葉に成らない。否、無駄な言葉を発する余裕がもう無いのだ。
俺と言う壁の隙間を抜けた魔物を食い止めていた、中堅のスジラドが抜けた穴は予想外に大きい。そしてネル様の武器とここの魔物の相性は決して良くは無い。
そもそも矢と言う物は消耗品。戦いとなれば大量に消耗する。無くなればそれ以上戦えなくなるのだから後光のように背負った矢筒も、決して十分とは言えない。まして目的地まであとどの位かさえも覚束ないこの状況では。
「デレック」
「ああ」
拾い矢で幾分か使える矢を回収したネル様は、右の道を弓の弭で指し示した。
そう、俺達はスジラドが最後に告げた『奥を目指す』のメッセージを信じ、ひたすらに奥を目指して進んで行くのだ。
●剥がされた知識
一瞬の立ち眩みの後。不意にたった今解いたばかりの謎が、何でこうなるのかが解らなくなった。ついさっきまで読めた筈の下の異言文字もだ。そしてサンドラ先生の所ですら学んだ事の無い、異界の窮理の知識の数々も。
なぜか判らないけれど、シャッコウである真が深い眠りに就いた。若しくは僕の中から居なくなった。
「これは?」
十字架とドアノブの上に浮かび上がる光の映像。さっきまではそこに無かった地下水道の見取り図だ。
「問題は異言文字だね」
説明が全てシャッコウである真にしか読めない言葉で書かれていた。
それでも現在位置と僕が入って来た入口は矢印やら辺りの状況で何となく判る。
「すると流された所がここだから、後を追い掛けるのには……」
裏道を発見した。どうやら緑色に光っているのが管理用通路のようだ。
僕は見取り図を睨み。脳裡に明細まで刻み付ける。そしてネル様達に向けて魔法を紡ぐ。
「震は亨る万里の彼方。事めを有ちて喪う事無く。
送れ 雷の雷。伝送通信」
「問題は、地下迷宮でネル様まで届くかどうかだな」
この魔法は開けた土地では遠くまで届き、例えば山頂から見降ろせる場所に発信したなら信じられない距離まで届く事が確認されている。けれども障害物の多い場所では意外と届かないことも多いのだから。





