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腐の迷宮-06

●分断

 あいも変わらず、デレックの手番。特に前から遣って来る魔物の類を切り伏せ突き伏せ無双して居る。

 しかし隊伍を組んで通路を塞いでいる訳じゃない。


「うわ!」

 戦っている最中に水路からザザーンと現れた新手。強力な水鉄砲の放水に、尻尾でバチャバチャと浴びせ掛ける水。

 幸い、水路と言っても河から引き込んだ暗渠の人工水路なので、(まこと)の記憶で思い浮かべるドブのぬめぬめとした臭い水とは程遠い。

 デレックの魔法の力が強ければ、この程度の水など物ともしないけれど。残念ながら魔法の資質は高く無い。

 半包囲の数の暴力もあって、忽ち苦戦。


 ドドン! 閃光が走った。後には内側からこんがり焼かれた黒焦げの魔物。いや、炭化した身体の先端を灯芯として、ロウソクのように明々と炎が揺れている。

「危ねーな! 巻き添え喰ったら俺も炭だぞ」

 デレックは怒鳴るが、

「大丈夫。今は窮理だけじゃないから」

 まだまだ拙いけれど。雷の力を魔法制御出来るのようなった僕にとって、これだけ敵と離れていたら巻き添えは無い。稲妻は狙った処へ飛んで行くし、電気も密着していなければ味方の方には流れないんだ。


「油断しちゃ駄目!」

 眩い程の光が呼び寄せた、拳ほどもある甲虫が猛スピードで飛来するのを、ネル様の放った狩俣の矢が切落した。

 水煙を上げて地面に激突した甲虫に剣の切っ先を突き立て、止めを刺したデレックが、

「あぶねー。直撃されてたら大事だった」

 そして、

「来るわよ!」

 ネル様の当に矢継ぎ早に打ち出す矢の嵐が、霰の如く乱れ来る甲虫の群れと交差する。デレックは火を僕は電撃を放ち、飽和攻撃の弾幕を張る。

 その僅かな網の目を潜り抜けて来た甲虫がデレックの楯に雹の如く打ち当たる。


 立ち込めるたんぱく質の焦げた悪臭。それにに被さるオゾンの臭い、窒素酸化物の冷たい臭い。

 やっと一息ついた時には、小一時間が過ぎていた。


 僕達は迷わぬ様、分岐点が来る度に左へ進んでいた。でも何だか、また見たような場所に出て来たんだよね。

「僕達、同じ所を巡ってない?」

 確認すると、

「ほんとだわ。さっき付けた印よこれ」

 ネル様がチョークで印した数字の下に下線を引いた。

「詳しく辺りを確認しようぜ。俺が警戒してるから、ネル様スジラド頼むよ」

 デレックが油断無く敵に備えて身構えた。


「う~ん」

「どうしたのよスジラド」

 ネル様が聞く。

「いや、いままで随所随所にあった文字だけどさ」

「あの記号?」

「うん」

 松明を翳すと壁の上の方に記された白い文字が映った。白いと言っても煤けた感じで松明を近づけ無いと良く判らなかったけれど、筆記体で

――――

 Please go to the end turn to the right.

――――

 とある。

「奥に行くのは右に曲がれって書いてるよ」

「え? これそう言う意味?」

 デレックが問い返し、

「神殿で使われる異言(いげん)かしら?」

 とネル様の目が見開かれた。


 変だよね。人の名前は英語圏のものが多いのにこの世界、なぜか言葉も表記も日本語だ。不思議な事にアルファベットは殆ど使われていない。特に筆記体を見掛けたのはこれが初めて。

 だからネル様も、こんな簡単な文さえ読めないんだ。


「スジラド。あんた何時の間に神殿の異言(いげん)なんて覚えたのよ」

「ネル様。そりゃスジラドだから」

「それもそうね」

 僕だから仕方ないと納得する二人。

 うーん。解せないや。でも、確かに英語は習ってないよね。


「ネル様、書く物貸して」

 紙と木筆を受け取った僕は、上下右左前後を示す英単語を筆記体で記した。

 ついでに曲がる・開く・変わる・ずれるとか、見る・聞く・押す・引く・叩くなどの、昔のアドベンチャーゲームで使いそうな単語も並べて行く。

「ふーん。これだけでも解ると便利かも」

 ネル様が呟いた時。

「来やがった! 挟み撃ちだ」

 右手から現れたスライムにデレックは突っ込みながら、

「後ろは頼む!」

 後方から迫り来る羽の唸りを僕に任せた。


 中央にあって弓矢を使うネル様を守りながら、僕達が戦っていると、

 ウーゥゥゥウー! ウーゥゥゥウー!

 サイレンが鳴り響き、続いて「ザープチっプチっ」と言うノイズの後に、鉄琴の音色でそっそそそーみドっドドーとメロディーが流れた。

「放水を開始します。作業員は至急退避してください。繰り返します。放水を開始します。作業員は至急退避してください」

 やはりプチっプチっと言うノイズ交じりのアナウンスが流れた。


 そして百まで数える間も無く、ゴーと言う唸りと共に鉄砲水が左の通路から鉄砲水が押し寄せて来て、僕とネル様やデレックを分断し、あっと言う間に僕だけを押し流してしまった。

 一波、二波、三波。立て続けに押し寄せた鉄砲水のせいで、僕は自分の位置を完全に見失ってしまった。


 気が付くと、僕は地下水道の中で孤立していたのだ。幸い、まだ松明は消えておらず、壁を照らすと

――――

 To go to the back, press the button at the left end.

――――

 と言う指示が見つかった。ネル様に渡したメモでも取り敢えず何とかなる英文だ。

「奥へ行くには、左突き当たりのボタンを押せ。か」


「震は(とお)る万里の彼方。(つと)めを()ちて喪う事無く。

 送れ 雷の雷。伝送通信」


 地下では届くかどうか判らないが、『奥を目指す』とネル様とデレックに送り。

 僕はネル様達も奥を目指す事を信じて、壁に書かれた指示に従う事にした。


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