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腐の迷宮-05

●黄泉の路

 地下水路の中を進む僕達。

 先頭はデレック。左手の四半円筒の大盾で半身を覆い、右にグラディウスを構えたいつもの姿で進んでいる。

 その少し後ろを、脇を止めバックラーを括りつけた左手の拳を右肩に松明を掲げ、グラディウスを右手に先頭を進む僕。その後ろには阿弥陀の後光宜しく矢筒を背負ったネル様が、分かれ道のマーキングやマッピングをしながら歩いている。


 まだここは第一層。河を引き込み諸々に用いる為の中水道だ。

 神殿のお風呂やトイレの汚物を流す水や、食べ物等を冷やして保存するための水だと言う。だから全然嫌な臭いの欠片も無く、沸かして消毒すれば充分飲用に耐え、このままでも顔を洗えるくらい綺麗だ。


「風の流れが変わったわ。排水があったようね」

 ネル様が異変に気付いた。

「違いねぇ。辺りの魔物の気配も変化しやがった」

 続いてデレックもそれを感知する。

「「「来るわ(ぞ)(ね)!」」」

 僕達は同時に身構えた。


 ゴーっと唸る水の音。それが終わると、チチチチチっ。壁の隙間から滲み出して来るように現れる物。


「スライムだ! この位なら火の魔法で燃やすのが一番だよ」

「おう!」

 僕の説明にデレックは詠唱する。


()ること(たぐい)(あら)ざれど。

 水は器に従いて、火は付く物に拠り(かたち)(あらわ)す。

 起れ火の火。小着火」


 修練の結果、威力を増しつつある炎が、現れたスライムを飲み込んだ。そして瞬く間に焼き尽くす。

「へへん。俺の魔法も大したもんだろ」

 鼻高々のデレックだったが、

「デレックあんた、調子に乗ると大コケするよ」

「判ってるよ!」

 ネル様に釘を刺される。


 こうして地下水路をかれこれ三十分は進んだろうか?。


「良く燃え尽きないわね」

 ネル様が呟く。

「干したり水に漬けたり一年以上掛けて作った松明ならこいつの倍以上()つんだけど。急造だからね。そろそろ限界だよ」

 文字通り松の火。乾溜して蒸留精製し木酢・木タールなどの不純物を除けば、オクタン価の低い代用ガソリンのとなる松の根っこを切り出して作った物。時間が無いので掘り出したばかりの生木に切れ目を入れ、そこに硫黄と弓の弦に塗る薬煉(くすね)を塗り込んだだけの粗成品。

 だけど知らない二人には、この時間燃え続けていること自体が驚きらしい。


「何時の間に覚えたんだよ」

「決まってるわよ。スジラドだからよ」

 なぜか呆れられているけどいつもの事だよね。

「それにしても、やけにスライムが多いわね」

「炎を翳すだけで逃げてくけどな」

 僕を挟んで二人の会話。

「まあ、楽でいいけどな」

 ってデレック。それフラグだよ。


 暫く進むと

「魔物だ! うぉぉぉ!」

 デレックが剣に炎を纏わせて突貫する。

 松明の炎にぬめぬめとした粘液が照り映える、大型犬ほどもあるカエルだ。

 シュっと発射される舌を躱し、引き戻す舌の引き技を盾で弾き返し、返す手首も鮮やかに、カエルの腹を切り裂いた。

「うげ!」

 異臭と共に腹から飛び出す、半分消化された巨大ナメクジにコウモリ。それに甲虫らしき物。

 咄嗟にデレックが盾で防いだから良いようなものの、浴びただけで病気に成りそうなくらい気持ち悪い。

「デレック、カエルのお腹切り裂くの禁止!」

「お、おおう」

 早速ネル様から注文が付いた。


 兎角ここらの敵はデレックと相性が良い。特に身体の表面がぬるぬるした奴らは、火で容易くダメージを負い、剣の一振りで皮膚が切り裂ける。

「調子に乗ると危ないわよ」

 と言うネル様の引き締めも、

「要らない魔法は節約した方が良いよ」

 と言う僕の忠告も、どこ吹く風に成りつつあるほどだ。

 当に真っ赤に焼いたナイフで溶け掛けバターを切り裂くように、無双するデレック。


「ネル様」「ええ」

 デレックの燃え盛る剣が、ワニみたいな魔物の皮を貫き心臓を抉り、二十回余りの戦闘が終わった時。

「小休止よ。デレック」

 立ったままだけど休みを入れる。僕が警戒してネル様が地図の整理と現在地の確認。


「目を瞑って。頭を休ませて。張り詰め過ぎて弾いて音も出ないような弓は、直ぐ壊れるよ」

 と僕。

「お水飲んで。大きく息をして。武勇を発揮し続けられる時間って、凄く短いわよ」

 とネル様。

 デレックには二人掛かりで気を抜かせた。

 なにせ、白兵戦での単純な攻撃力や防御力から言うと、デレックが僕達の中で群を抜いている。

 デレック一人が脱落しただけで、僕達は大きく戦力ダウンなのだから。


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