腐の迷宮-04
●解き明かし
まるで神託のように、ネル様は道う。
神託らしきものを神懸かって告げた後、ネル様は糸の切れた操り人形のようにその場に崩れぐったりとなる。
そして、僕が目覚めたのに気が付いてたリアが身体を横たえたまま口を開いた。苦しい筈のその息で、
「選んでお兄ちゃん。元の場所へ戻るならば、柵は少ない方が良いよ」
そんな事、直ぐに答えが出せる訳がない。でもこれだけは言える。
「死なれてしまう方が余程帰り辛くなるよ」
するとリアはふっと僅かに笑みを漏らし、
「変わらないねお兄ちゃん」
と悲しげに微笑む。そしてこう、お告げの意味を解き明かした。
意訳するとこんな感じだ。
――――
神殿の地下深く、地下を流れる下水道を辿りなさい。
腐の迷宮の奥深く、下水道の最奥に役目を与えられた禍津神を訪ねなさい。
沢山の穢れ、沢山のわざわいを掃き出して、病気を食べて勝利して、毒を食べてこれに打ち勝つ。
全てを食べてしまう地の神です。
だけど聞きなさい。敵は敵を利用して討ち、毒は毒によって制すものです。
スジラドよ。七難八苦をあなたに課します。迷宮を踏破して苦しみを祓いなさい。
――――
そしてリアは簡単な解説を入れた。
「穢れし黄泉の路とは神殿の地下を流れる下水道の事だよ。
そこは三柱の神様が、人の子と八種の眷属と共に在らされた昔よりも昔。今は失われた秘術を以って創られた遺跡。
神殿はその上に三柱の神様の下で造られたんだ。これが入口の鍵」
そう言って、リアは腰のポーチから虹色に輝く鍵を取り出して横に置く。
「でもねお兄ちゃん。いくら封神されていたって、禍津神は祟る神。
荒ぶる神には違いないからね。試練の失敗は死んじゃうことと一緒だよ。
それでもお兄ちゃんが征くんだったら。
お兄ちゃんが返って来るまで、リアが絶対にこの子達を死なせない。
お兄ちゃんが死ぬ時はリアが死ぬ時、リアが死ぬ時はこの子達も死ぬ時なんだよ。
だからお兄ちゃん。試練に打ち勝って、リアの元に帰って来て。約束だよ」
「うん。必ずここへ帰って来るよ」
と僕が言い、
「じゃあ指切り」
とリアが小指を絡ませる。
安心したリアはそのまま意識を失った。
●水臭いわよ
「ねぇスジラドあんた、下水道に行く気? 禍津神よ禍津神。殺されちゃうわよ。
見定めに来たあの変な骸骨だって、太刀打ち出来ないくらい強かったじゃない。
いいこと? 命の重さは違うのよ。あたしはあんたが殺されるくらいなら、縁も所縁も無い命なんてこれっぽっちも惜しく無いわ」
あれから意識を失ったままのリア。それと交代するようにネル様は意識を取り戻した。
そして今、血相を変えて僕が試練に立ち向かう事に反対している。
「クリスちゃんもいるよ」
と僕が訊くと、
「貴族の生活は庶民より栄養良いから、自然に治るわよ」
と言い切った。そして僕を真正面から見据えたネル様は、
「それにあんたが自分の為に死んだとしたら、あの子後追い自殺しかねないわよ。病気や毒に負けて死ぬより、そっちの死因の方が納得行くわ」
と言い出す。
「まさかぁ。後追い自殺って、クリスちゃんはまだ七歳だよ」
「あたしが冗談で言ってと思う?」
剣幕に押されて思わず首を振る。
「まさかあんた! あの子達の中に好きな娘でも出来たの!」
なぜかお冠のネル様が、僕の首を絞めに掛かった。
「いやいやや、ネル様。落ち着いて……」
割って入るデレックだったが、言う事はネル様の味方。
「おれも反対だぜ。あの子達をお前と釣り替えには出来ねぇ。大体なんでお前ぇが行かなきゃなんねーんだよ」
デレックは穏やかな口ぶりでぎょろりと僕を睨み付ける。
「縁と言っても、遭難したのを助けた縁だ。恩があるのは向こうだよな。
まあ、これが余裕で出来る話とか言うんだったらまだ解る。強き者が弱き者を助けるのも人の道だ。
だがよ。命の保証も無けりゃ、やって確実に助けられるって保証もねぇ。なのに命を懸けようとするお前ぇの考えが判らねーんだ」
何故だろう?
「僕にも良く判らない。でも征かないと、なんて言うか、その……。
僕の心の中で何かが我慢してる。でもここで我慢しちゃ僕が僕で無くなっちゃうような気がするんだ」
進め! 誰かがラッパを鳴らしている。
それはライディンなのかも知れない。ジャックなのかも知れない。あるいは真なのかも知れない。
だけどそれはスジラドである僕自身なんだ。
その事を納得して貰おうと頑張ると、
「はぁ~~っ。スジラドはスジラドね」
ネル様も、
「是非も無しかよ」
デレックも、
「だったらあんた(お前ぇ)! ついて行くわよ(からな)!」
声を揃えて、僕の試練に付き合うと言ってくれた。





