腐の迷宮-02
●子供達の試験
「それじゃお兄ちゃん。リアが案内するよ」
三角のペナントの様な旗を立てて先導するリア。僕達は金魚の糞のようについて行く。
大人数での移動なので、何だろう? と向けて来る周りの視線が少し痛い。しかも何やら、ざわっとしたどよめきに包まれる。あちらこちらでひそひそ話。
「スジラド……」
ネル様からのアイコンタクト。
「あのう。リアちゃん。一体どこへ?」
振られた僕が訊ねると、リアは当然のようにこう言った。
「神託の間だよ」
その言葉に、辺りは一転シーンとなる。
「さ、ここから先は特別な神域だから、チビっ子達はお行儀良くしてね」
厳しい造りの扉の前に、槍を持ち全身を覆う板金鎧を着けた二人の衛士と胸甲を着けた神官が一人。
仕来りなのだろう。衛士二人はバシネットのバイザーを跳ね上げたままにして顔を晒していた。
「ご苦労様です」
立礼で迎える衛士と神官。
「警護大儀」
偉そうな返礼から考えて、どうやらリアの位は高いらしい。そんな巫女様の先導なので僕達はあっけないほど簡単に扉の向こうに移動する。
後ろで扉が閉まった後、リアは説明する。
「神託の間は、巫女のお勤め以外にも、七五三の儀式を行う為にも使うんだよ」
「嘘!」
反射的にネル様が反論した。
「あたし全然聞いたことも無いわ」
「嘘じゃないよ。特別な血筋の子の儀式を行う時にだけど」
リアはにこにこと笑みを浮かべてそう言った。
「特別な血筋?」
ネル様が問い返すとリアは簡単に説明した。
「有名どころでは皇族様方。それに特別な領地を治める貴族。そして、神様から巫女の務めを賜った盟約の子。
普通はこんなにぞろぞろと大人数を入れたりはしないけれど。今日、お兄ちゃんが捌媛の一人を連れて来ると神託が降ったの。
捌媛は一つの時代に一人づつしか存在し無い、天上天下を司る八種の理の媛なんだよ。だから巫女の中でも別格なの。
生まれが貴族や皇族だったらいざ知らず。平民やモノビトの場合、悪者の手に陥ちないよう媛の存在は時が満ちるまで秘匿して、神殿が保護しなければいけないの。
だから皆でぞろぞろ行くんだよ。
リアはその子誰か知ってるけれど、その子だけ、子供のモノビトを一人だけ連れて行くと、簡単に特定されちゃうからね」
「へー。考えてるわね」
感心するネル様。
「一緒に入って来たから、余所から見たらネルも媛の一人かも知れないって思われるけれど。お父上が弓の貴族の伯爵様でしょ? 益々、今回見つかった子に手出しが難しくなるよね」
黒いと言うかあざといと言うか、わざわざここで口に出してネル様に言うリア。
「あんたも随分ね」
対するネル様は目が怖い笑み。
「それに加えてお兄ちゃん達は、神殿発行の公的資格持ち。同じ二度目の成人の儀でも、無資格の子達と一緒に試験を受ける訳には行かないでしょ」
「それもそうね」
ネル様は目が怖いまま納得して頷く。
「上位の資格や、場合によっては役職ってことに成るんだよ。別のもっと難しい実地試験が用意されるわ」
「お手柔らかに頼む」
デレックは手を合わせるがリアは、
「どんな内容か全然知らないよ私」
と連れも無し。
僕達は石畳の廊下を歩いて行き、下駄箱が設けられている所まで来ると、
「ここより神域、清き場所です。皆様履物を脱いで下さい」
厳かに告げるリアに従って裸足になる。そして、
「仕来りだからね」
と言いながら、リアが僕達全員の足を洗った。
そして、お勤めをする最奥の部屋の一つ前の部屋で、僕達が連れて来た子供達の試験が開始された。
この前も無思ったんだけれど、模造紙位の質の紙にガリ版刷りのテスト問題。そして鉛筆ほどは便利じゃないけれど似た使い方をする木筆。この世界は妙な部分で進んでいる。
「はーい。終了!」
試験官も務めるリアの号令で、運命の試験は終了した。本当ならば採点も評価も後日なんだけれど……。
「巫女どころか媛の混じった試験だよ。他から茶々の余地が無いように、急がないと拙いんだ」
僅か十人の事なので、僕らを待たせて採点する。
重苦しい雰囲気の子供達。なにせ、下手をしたらこれで一生が決まってしまう事だってあるんだもの。そりゃ安穏と構えてなんかいられないよ。
「結論から言いますね」
僕の耳には鳴って居ない筈のドラムの音が鳴り響く。
「合格です。全員最低限の合格ラインを突破しました」
緩む空気。胸を張るベーブよりもなお鼻高々なネル様。そうだよね。ネル様、道中一生懸命教えてたもの。
一応、点数の最も低いベーブでも、神殿に登録された新宇佐村の平民。モリビトではなく平民籍だ。
加えてエルペス達年嵩の子は丙種文官資格を獲得した。
「これ。何て読むの?」
周りと比べて一人だけ、毛色の違う物を渡されたらしいシレーヌが不安げな顔で聞いて来る。
「権侍祭……。リア、やっぱりこの子だね」
見習いですらない公式の神官。最低限司祭長までは約束されたキャリア組だ。
「そうだよ。モノビト上がりの媛を世俗権力に引き渡すと、色々面倒なことに成っちゃうもん」
否が応でも囲い込むのは正しい。ともあれ彼女以外は、
「この子達は、取り敢えずお兄ちゃんの所の子にしておくね」
とリアの計らいで全て新宇佐村の民として神殿の戸籍に記載された。
幼くとも立派な自由民だ。
今までずっとネル様は。難しい顔をしていた。だけどが子供達の所属を目にしてから、ほっぺに当てた掌の指でこめかみを十五回程叩いた後、
「ま、良いわ。権力なんて人の為に使ってなんぼだから。主君の主君は主君じゃないけれど、得難い媛って言うのも一応スジラドの部下に成るんでしょ? 下の功績は上の功績。羨むのはお門違いよね」
呟きに心の中が駄々洩れだけれど、はしゃぐ子供を見遣りながら。どうやらネル様は折り合いを着けた。
その時だった。
飛び上がって足の裏を打ち合わせる程喜んでいたベーブが、ふらっとなって……。
「きゃあ~!」
一拍置いてシレーヌちゃんの叫び声。ベーブが床に音を立てて倒れた。





