腐の迷宮-01
●出迎の人
チャック様に先導された前回と異なり、僕達の二度目の神殿への道はすんなりと進んだ。
ハッキリ言うと。数の暴力。七歳の儀の連中を十人も連れて行くのだもの。資金的には余裕綽々。
僕が口を出したのは、一番少額なエスの半分と今夜の宿代だけを預かっただけ。
でもそんなことをしなくとも、お金と言う物を始めて使うような子達だったから、意外と配給されたお金を手元に残していた。
「どうしたの? もっと使って来ていいよ」
とネル様は言うけれど、
「でも……」
言葉を濁す子供達。
「遠慮すること無いのよ。使い切っても大丈夫な様に、皆のお金預かって居るんだから」
尚も促すけれど、
「いい」
と皆が皆、異口同音の返事を返す。ネル様が自分に懐いているベーブによーく尋ねると、ベーブは言い難そうにこう言った。
「お金は大事だよ。お金が有ったら僕……」
「有ったら? どうしたのよベーブ」
思わず問い詰めてしまうネル様。
「男の子でしょ! はっきりなさい」
宥め賺して脅しも掛けて、やっとのことで口を開いたベーブは一言。
「お金が有ったら、母ちゃんといれた」
ぼそりとこう呟いた。
「皆も、そうなの?」
子供達を見渡すと、頷かない者は一人も居ない。
そうだよね。この子達は親や村からお金で売られちゃったモノビトなんだもの。お金がなかったから親や故郷から引き離されて、今こうしてここに居る訳で。そんな子がお金を無駄遣いなんか出来る訳がない。
そんなこんなで、ただでさえ大人数故の余剰が働いて、途中の関門を次々とクリア。
「前来た時の苦労は何だったんだ!」
デレックが余りの簡単さに大空に向かって吠える程だった。
そして遣って来た神殿。
出迎えの人の中に猫耳帽子の女の子がいる。年の頃は僕と同じくらいだ。
「ピュー! 可愛い子だな」
思わずデレックが口笛を吹いた。
「ああ言うのがデレックの好み? 耳付き帽子なんて、まるでちっちゃな子供じゃない」
マンガにするなら目がハートマークになって居そう。鼻の下を伸ばしたデレックをネル様は物凄く醒めた目で観る。
石段の麓まで来ると、猫耳帽子の女の子はぴょんぴょん飛び跳ねながら手を振って来た。
「お兄ちゃ~ん! こっちこっち」
って言っている。
「はーい」
手を振り返すデレック。伸ばして驚く鼻の下。
「お兄ちゃ~ん! こっちこっち」
こっちへ向かって駆けて来る女の子。
デレックは石段を駆け上り、
「君の名は?」
と、間近に来た女の子に声を掛けようとしたが、
「お兄ちゃ~ん!」
すっと体を躱しすれ違って駈け下りる。
ああ。この子がケットシーの巫女だ。
「うわわっ!」
こうしてこうすりゃこうなると、判っていたのにいたのにやっぱりこうなった。
勢い良く飛び込んで来たケットシーの巫女は、その勢いのまま僕に体当たり。バランスを崩した僕はそのまま真後ろに倒れる。
幸い、予想出来たので後ろ受け身が間に合って、頭を石畳に叩きつけずに済んだものの、続けてお約束のお腹の上にボディープレスまでは防げなかった。
「ごほっごほっ。相変らずだね。ヴィクトリア」
誕生日が後なだけの同い年の筈なのに、僕の事をお兄ちゃんと呼ぶこの子の名前はヴィクトリア。本当の愛称はトリアだったけれど、まだちっちゃかったんで自分の事をリアと呼んでいた子だ。
リアは目を見開いて僕を見直し。
「お兄ちゃん。本当に思い出したの?」
と聞いて来た。
「うん」
「じゃ。じゃあ! おばさんが呼んでたお兄ちゃんの名前は?」
「ジャック」
一瞬の硬直。能面の様な表情。それがまるで石化が解けるかのように、驚き・興奮・悲しみ・悦び。
顔を襤褸のようにくしゃくしゃにして泣きながら、
「お兄ちゃんだお兄ちゃん。やっぱりリアのお兄ちゃんだ。……ぐすん。逢いたかったよぉ~!」
「ほんとにリアは泣き虫だなぁ」
今だって、昔だって、僕より上背があるって言うのに。僕にしがみ付いて僕の胸で泣く。
「ちょっとあんた! いきなり何すんのよ!」
ネル様が声を荒げた。
その剣幕にリアは、
「やっと逢えたんだよ。お兄ちゃんに」
と口を尖らせるが、
「あんた、スジラドの妹? それにしちゃ、随分背が大きいわよね」
ネル様は疑わしそうな目を向ける。そして、
「スジラド、あんたこの子と何時知り合ったのよ? あたし、こんな子知らないんだけど」
問い詰めるネル様の声は、なぜかとっても必死に聞こえた。
「って、言われても……。あ、デレックが石に成ってる」
見上げると、石段の真ん中で呆然とデレックが立ち尽くしていた。





