マッチョなアイツ-08
●滅びた家
スジラドそっくりに見える誰か。彼の手がスジラドの肩に触れると、二人してその場から掻き消えた。
ネルの膝にあった重みは霧のように失せ果てて、スジラドの温もりは冷ややかな空気に取って代わられた。
「何なのよぉ!」
ネルが叫ぶと同時に、鏡のようなものが目の前に現れスジラド達を映し出す。
二人の声は聞こえないけれど。彼らの前に映し出される光景が、どうやらスジラドの過去なのだと判った。
生まれて直ぐに別の家。赤ちゃんの頃から為される読み書きや魔法の手解き。
「間違い無いわ。スジラドは刀筆の貴族の生まれよ」
スジラドの過去を垣間見て、ネルはハッキリと確信する。こんなに早期の魔法教育は、魔法を家業とする刀筆の貴族以外に考えられない。
第一、服も食べ物も庶民の物では無いし、皇帝陛下のパーティーに招かれるなど大商人でもあんな小さな子まではあり得ない。
あ、あの子。スジラドの妹みたいな子は、さっきあの人達に抱っこされて居た子だ。
場面が変わった。
襲撃を受ける館。落ち延びる子供達。
さっきのあの子が、あの男の子の服に着替える。
声も出せず身動きも出来ない状態で見せられる出来事の数々。
侍女らしき人に連れられたスジラドを逃がす為に、追手に突っ込んで行く護衛。
最後に残された侍女さえも同様の最期を遂げ、スジラドを逃がした。
「風の媛よ」
この声はさっきのマッチョなスケルトン。
「何?」
棘のある声で問い返すと、
「媛にはこれも見て貰おう」
スケルトンの声と共に鏡の様な物からスジラド達の姿が消えて、代わりに映し出されたのは神殿へ遁れようとする箱馬車。
護衛の騎士が次々離れ、敵を防いで散って行く。
神殿の門まであと少しの所。
あ、不意に正面に現れた軽装の男が、薙刀を振るって馬車の馬の脚を切断した。
馬が斃れ急停止した馬車から御者と剣士が飛び出して賊を防ぐ。
音こそ聞えないが、ネルの耳は剣戟の響きと馬の嘶きを再現した。
馬車から飛び出て、掌から放たれる光で作られた剣を振るって、独り賊と切り結ぶお父さん。
お母さんも魔法を使って必死に攻撃を防いでいる。
隙を見て、子供を抱いて走り出すお母さん。血煙に沈む護衛達。
お母さんの身体が神殿の開け放された門を潜ろうとした時、飛来した一筋の槍がその身体を貫いた。
母親は最後の力を振り絞って、抱いている子供を神殿の中に放り投げる。そうして子供は芝生の上に落ちるのを見ながら、彼女は安堵の笑みを浮かべ地に伏した。
しかし直後。神殿の庇護下に入った筈の子供に降り注いだ数十本の矢が、小さな体をハリネズミにする。駆け付ける神官の手の届かぬうちに。
「お父様は何か気づいたのかしら、だから抱え込んだのかも」
刀筆の貴族は、皇室の藩屏として中央を抑える位の高い貴族達。なまじ権力に近いだけあって、裏の闘争は凄まじいものだと聞いている。
所領を巡る地方の弓の貴族の戦いは血腥い。滅ぼした敵は、一族を尽く討つ。長じて自分達が滅ぼされない為だ。
例外は二つ。
一つは敵に滅ぼされる以前に実家と縁が切れていた者。例えば他家に入った者。つまり養子に行った者と嫁いだ者。例えば神殿に入って実家との俗縁を切った者が該当する。
彼らとその子孫は一度滅ぼされた家に関しての資格はあっても権利を持たない。だから彼らは残党の神輿と成る事も無いし、お家再興を掲げても大義名分を得ることが無い。
これは際限の無い族滅の戦いや、どこで余計な敵を呼び込むか想像も付かない神殿の介入を防ぐために、クオンを真っ二つに分けた大乱の時に定められた規定だ。
因みに権利は無くとも資格が残っているのは、一族の統治が良好で領民達の信奉篤ければ、滅ぼした家から新知の家臣として、旧領を安定させるために招聘されお家が再興される場合もあるからだ。
この時両家は神殿に、恨みを忘れ臣従を申し出る誓願と、再興させた家を保護する誓願を納めると言う。
そしてもう一つは女の子。女の子の場合は、婚姻を結ぶことで確実に奪い取った所領支配を得られる。彼女が産んだ男の子は、生まれながらにして奪い取った所領の正統なる後継者だ。
このように弓の貴族の戦いはとても判り易い。
対して刀筆の貴族は、弓の貴族の様な直接的に実力行使は極々稀な出来事だ。しかし、弓の貴族では太刀打ち不能な陰謀が仕組まれているらしい。そして権力闘争に敗れても刑死することは殆ど無い。軽ければ降格。最高でも遠流や地方左遷で済むのだ。
しかし恐ろしいのはここからだ。配流地での生活基盤がない貴族は、支援者からの仕送りが途絶えれば野垂れ死ぬ。おまけに刀筆の貴族はやたらと『病死』が多い。当主どころか継嗣や娘も『病死』が多く、これは噂だけれども記録に残らない奉公人の『病死』まで含めると、都の墓所は病死体で埋まるそうだ。
「一応、最高刑が流刑だし、病死で処理されるから弓の貴族みたいに一族根絶やしは少ないらしいわね」
家伝の秘術や血統によって使える希少な魔法もあるらしいから、それを使って皇室に仕える刀筆の貴族達にとって、むやみに血筋を絶やす事は禁忌とされるらしい。
つまり『病死』とは、敵を根絶やしにすることが許されない刀筆の貴族が、一族の安全を守るための知恵なのかも知れない。
「スジラドの家も記録上は病死と言う事になって、近い親戚が継いで居るんだろうなぁ」
呟くネルが気が付くと、いつの間にか膝に重みと温かみが戻って居た。
泣き疲れて眠っているスジラドの姿がネルの膝の上に有った。





