マッチョなアイツ-07
●参賀の日そして夜
「肇国の伴よその長老よ。並びに百姓より生れし君々よ。恙なしや」
「随分仰々しい言い方するね。解説して」
僕が頼むとライディンは
「判った。意訳でいいね?」
と答え、通訳を始めた。
「建国の勇者よその代表者たちよ。そして庶民から加わった者達よ。お元気ですか」
多分定番の呼び掛けだ。だけどもあの歳でああ言うセリフを暗唱出来るのは凄い事なんだろうな。
その証拠に、来客達の空気が変わった。
「あれで四歳か? 頼もしい限りだ」
皇帝家に生まれた麒麟児と言う訳か。少し舌っ足らずな発音だが、朗々と臣下に向かって道う。
「今日は皇子の生れし日なれば、皆の祝いを嬉しく思う。
今朝、皇祖よりの例として、皇子の目方を匁銀貨を積んだ。
この金が粥と成りて、都に住まう蒼生の貧しきに下りにければ、
皇子は小さき掌を見、短過ぎる腕を憂う。軽き器を残念に思う。
皆の者。どうか皇子の小さき手、短き腕に代わりて、皆の食邑の隅々までも
玉沢を光宅らして欲しい。それが皇子が求める何よりの贈り物である」
――――
今日は僕の誕生日なので、皆さんのお祝いを嬉しいと思います。
今朝、皇室の慣例として、僕の体重分の銀貨を用意しました。
このお金がおかゆと成って、都の貧しい庶民に振舞われると思ったら、
改めて僕は何も出来ない子供なのだと思って辛い。
せめてもっと重ければその分良くしてあげられるのに。
皆さん。どうか僕に代わって皆さんの領地の隅々までも
皇室の威徳を大いに有らしめて欲しいのです。
それが僕が求める何よりの贈り物です。
――――
どう考えても刀筆の貴族連中が捻り出した美辞麗句だが、それを淀みなく暗唱できるだけでも御歳を考えれば末頼もしい。と言う声があちこちから上がった。
「出来過ぎだな」
「君もそう思うかい?」
フーリンの四歳とも思えない立ち振る舞いの感想を述べると、ライディンはくすりと笑った。
――――
天の壁立つ極み、国の退き立つ限り。
青雲の向伏す極み、馬の爪の留まる限り。
谷蟆のさ渡る極み、聞こし食す国のまほらぞ。
邦民よ、大国民よ、今ぞ目翳を啓け。
あな清明け、神にします。あな眩ゆ、皇子にします。
遠眼鋭眼、慧しき。豊聡耳、畏き。聴美し、日嗣の皇子ぞ。
いざ祝げよ。
慶を積み、暉を重ね、代々坐しき皇統を。
――――
祝詞みたいだけれどこれもライディンが訳してくれた。
――――
天が壁のようにそば立って見える天の果て、国が遠く離れて立つ遠くまで。
青雲の向い横たわる天の果て、馬の足の爪が支えて停まってしまうほどの遠くまで。
ヒキガエルの渡って行く沼沢の果てまでも、皇帝陛下が治め給う素晴らしい国です。
国の民よ、大いなる国の民よ、今こそ目を開いて見なさい。
ああ美しい、神にあらせられる。ああ眩しい、皇子にあらせられる。
物事を見通す賢い眼、訴えを聞き分ける畏れ多い耳、気高く美しいと評判の皇太子様です。
さあお祝いしましょう。
私達に、豊かな暮らしを与え、生き甲斐を与え、今も続く皇帝陛下の御治世を。
――――
そんな皇子への儀礼に則った寿詞讃言が捧げられる内に、儀式は進み、
「フーリン殿下の弥栄をお祈りし、殿下の歳の数だけ皆様の柏手を!」
歳の数だけ手を叩く、なんてどっかの歌にあった様な。
会場を揺るがす様に四回、パンパンと柏手は鳴り響いた。
そして始まる華やかな宴。
「お兄ちゃん。ちょっと……」
隅の方に手を引いて、ケットシーの巫女であるリアが話し掛ける。
「今日はお兄ちゃんもお誕生日でしょ。はい、これリアからのプレゼント」
青い小紋の布の包みを手渡すリア。
「いいなぁ~」
トコトコと付いて来たアリーが羨ましがる。
包みを開けると、パチンコ玉位の真ん丸い真っ赤な宝石が付いた銀のネックレス。
「リアが貰った物だけど、着けてると幸せを運んで来てくれるんだって」
盛んに欲しがるアリーと、これはお兄ちゃんの物と譲らないリア。
困り果てた映像の中の俺達がこう言った。
「じゃあ三人の宝物にしよう? 一緒に隠して置くんだよ。そうだね。成人の歳に取り出して、その時必要な人がこれを使うんだ」
それはまるでタイムカプセルを埋めようと言うような提案だった。
「……思えばこれが三人揃った最後の幸せな記憶になっちゃったんだよね」
ライディンはふうと大きく息を吐いた。
場面は変わる。
夜、館が何者かに襲撃されている。全身闇に溶ける焦げ茶色装束。刃すらも塗料を塗って光らぬようにした目出し帽を被った賊達。
剣を交える警備の者が、一人また一人と血溜まりの中に沈んで行く。
「アリー。これを着なさい」
母親が娘のアレクサンドラに服を見せる。
「これ、男の子の服だよ」
「ドレスだと樹に登れないでしょ? 走って逃げられないでしょ?」
「うん」
「さ、早く」
着替えの終わったアリーを抱っこする母親。
俺は侍女に抱き抱えられ、
「若様はこちらです」
「一緒じゃ駄目なの?」
「これが一族の血を遺す為の習わしなのです」
口を塞がれてくぐもる叫び。
焼け落ちた館。遁れた先で過去の俺は、
「若様。ここは私が防ぎます。振り返らずに走って逃げて下さい。さぁ!」
自分を庇って追手に懐剣で向かって行く侍女の姿。
振り返らずに走る後ろから、侍女の悲鳴が聞こえた。
「逃げて! にげ……」
「後は君の方が良く知ってるんじゃないかな」
ライディンは俺にそう言った。





