マッチョなアイツ-06
●記憶の鏡
闇があった。僕達は闇の中に漂っていた。闇の中に邪を搏ち攘う大砲が、絶え間なく鳴り響いてた。
時が満ち、闇から引き上げられる時、誰かが踵を掴んだ。
目の前に映し出される映像。
「踵を掴んだのは誰?」
「僕も識らない。でもこれは本当にあった事なんだ」
曇りガラスを通したような、ぼやける視界の中に浮かび上がる一組の男女。
「私達は、一人を失い一人を得たのですね。故あってあなたの眞名を隠さねばなりません。今日からあなたをジャックと呼びますね」
抱き抱えた女の人の声。
「あれは?」
「察しが付くと思うけれど、あの声は父上と母上だよ。どうやら僕達の兄弟は死んだらしいね。眞名を隠すのは、多分魔除けだと思う」
一人を失い一人を得た。なるほど、双子の片割れは生きられなかったんだ。
最初はぼやけていた視界が次第に鮮明になる。ああ、確かにあの二人はさっき見た人達だ。
いつの間にか母のお腹が大きく成り、気が付くとゆりかごに寝かされた顔がくしゃくしゃの赤ちゃんを見下ろしている。
「あなたの妹よ。仲良くしてあげてね」
それは僕がやっと歩き始めた頃の事。年子の妹が泣き声を上げている。
「あんだけ泣いてて良く涙が出ないものだね」
ライディンは言うが、
「そりゃそうさ。産まれたばかりの時は、涙を流す為の涙腺が充分に発達していないんだよ」
と教えてやると、
「へー。そう言う知識は君の世界の方が進んでいるんだね」
と素直に感心する。
この後も、まるでアルバムを見るように綴られて行く映像。
まだ這い這いの頃なのに、本を見せられ指示棒で示されながら読み聞かせ。感覚的には漢籍の素読に近いかもしれない。そして同じ頃に始まったのが魔法の修行。身近に魔法の発動を見、魔力を身体に流されて感じる所からのスタートだ。
「これ。ピアノに耳を慣らすのと同じかな?」
とライディンに尋ねると、
「ああ。楽師が師弟を教える時と同じだよ。
読み書きは先ず読めるようにするのが先決で、魔法も日常的に触れさせて体感させるのが早道だ。
読めりゃ本から学べるし、魔法の感覚は小さい時ほど容易く理解出来るからね」
「英才教育ってことか」
見てるとライディンが三歳を過ぎる頃には、生まれ持った雷の魔法を取り敢えず一通り扱えるようにはなって居た。
映像が変わる。
これは三歳を半ば超えた辺りかな? 語彙こそ少ないが、妹が大人みたいに流暢にお喋りしている。
そして妹よりも少し上の女の子が僕の傍に居た。
特徴的な衣装だ。黒いビロードの上着に黒タイツ。服に縫い付けられた黒い尻尾。
特に目立つのは作り物の耳が付いた猫耳帽子の女の子。
「あれは誰?」
「あれはケットシーの巫女に選ばれた娘だ。邪神様の八大眷属の一つであるケットシーに敬意を表して、ああ言うデザインらしいよ」
映像が変わる。
ありゃりゃ。左右から腕を掴まれ引っ張られている。
ケットシーの巫女が、
「リア、お兄ちゃんのお嫁さんに成ってあげる」
と言うと、負けずともう一人が、
「だーめ。お嫁さんはアリーだよ」
と張り合って居る。顔を良く見れば、妹だった。
巫女と妹の二人の遊びに付き合わされてままごとしている。
他人事と見れば微笑ましいが、自分の過去だと言うからかなり恥ずかしい。
へー。護身の術として、三人そろって手裏剣を学んでるよ。過去の俺も妹も、先ず先ずの腕前だけど、ケットシーの巫女は朝飯前に急所に当てるし、威力も大人顔負けだ。
また大幅に場面が変わった。
皇宮前の広場に集まった群衆。バルコニーにお出ましになる皇族様方。
うん。どう見てもこれ、皇居の一般参賀と同じだね。違うのは、バルコニーの前に並んだ完全武装のつわもの達。
「弓矢で武装しているのは伴。正式には御伴人と呼ばれる親衛隊の内、身辺を固める和御魂の勇士達だよ」
「にぎみたま?」
「御伴人の内でも古参兵の中から選りすぐった精鋭だ。戦では敵に勝つより陛下の安全を優先して動く連中さ。ほら、兜の印が楯だろ?
因みに、皇帝陛下御親征の先鋒を固める切り込み隊も居てね。
兜の印が剣の連中の事は荒御魂と言うんだ。君のまだ読んだことの無い史書にこう言う行があるよ。
見よ照りわたる御弓の弭。
いざ和御魂。玉身に服いて寿命を守らん。
また和せ。ただ安らと。
いざ荒御魂。先鋒として師を導かん。
征け異国までも言平けや。
ってね」
「えーと。どういう意味?」
文語体どころか古語表現なので良く判らない。と俺が問うと、
「君に解るように訳すと、こんな感じかな?」
――――
さあ和御魂の勇士よ。皇帝陛下の身辺を守れ。治安を維持せよ。
さあ荒御魂の勇士よ。軍の先鋒として戦うのだ。外国までも服従させよ。
――――
苦笑いしながらライディンは解説する。
程無く映像は野外の一般参賀から、室内の大広間に移る。
両親と妹、そしてケットシーの巫女と共に、身形の良い人達と一緒に控えている俺達。
やがて皇帝陛下が現れ、玉声が響く。皇后陛下の隣に、乳母の手に抱かれる男の子が居た。年の頃は俺達と同じだ。
「あの子は?」
「第一皇子のフーリン殿下だ。まあ、見てると良いよ」
ライディンは俺ににやりと笑った。





