マッチョなアイツ-05
●僕とぼく
どの位経っただろう? ヒナを羽交いに包むように抱かれて、僕は稚さな子供の様に泣き疲れ……。
ふっと僕の前に現れたのは、さっきの容姿も年恰好も似通った二人の少年の片割れ。
「えっと……。死んだ僕の兄弟とか?」
「すごい皮肉だよそれ」
露骨に嫌な顔をする少年は、肩を竦めながら、
「僕は君。解るかな?」
「俺?」
そう言った瞬間。今まで自分を苛んでいた胸の痛みが急に薄れた。
「思い出したんだね、マコちゃん」
呼ばれて思い出した。俺の名前を。
「おい。マコちゃん言うなよ。まるで俺が女の子みたいじゃないか。俺にはちゃんと真って名前があるんだから」
「そうそう、ちゃんと意識が分かれたみたいだね」
今まで俺達二人の意識が入り混じって、混沌として居たことを理解した。
「俺はお前」
「そう君は僕」
今なら解かる。俺は別の世界で成人した人間だ。細かい記憶は忘れちゃっているけれど、一応は最高学府まで十六年も学びを続けた人間だ。しかも平成男児のハシカとも黒歴史とも呼べる若さ故の過ちで、常識を超越したレベルの雑学的知識を自ら再現可能なレベルで詰め込んでいる。
そしてこいつライディンは、外界から隔離された環境でこの世界の上位貴族並みの高等英才教育を受けていた。魔法についての深淵な知識すら理解していた。
魔法の申し子ライディンと科学の子である俺。共通するのはこの世界の、庶民が幼児レベルで理解している筈の一般常識が存在し無いって事だ。
そしてスジラドとは、二つの人格と二つの知識が混沌となって生まれた魔法と科学のハイブリットだと。
「少し君が知らない魔法の話をしよう」
真の魔法修行に四道有り。とライディンは言う。
一子相伝あるいは師弟相対でのみ伝えられる真の魔法で、会得すれば詠唱の制約を超えて魔法を行使出来ると言うのだ。
即ち、
――
1.カナエ
体内に魔力回路を建設する第一段階。
魔力の源泉たる天地の存在を己の身に宿す為、人里を離れ自然の規律のなかで生活をする。
基本的には単身行うが、修行者が低年齢である場合随伴者を伴うこともある。
2.メグリ
体内に建設された魔力回路の実質的な運用過程。
主に魔法は人の技法だが、魔力は天地、自然のあらゆる生命力を根本としている。
ゆえにアワセとは、これら天地の力を己のものとすることでなし得るもの、とされる。
3.ギョウ
天地の理を窮める事によって火や水を操ったり、物理的な力を一時的に向上させたりといったことが可能になる。
4.アワセ
クオンにおける魔術の究極の目的は天地の合一、そしてその中心となり世を統べること。
本来相反する、魔法に対する絶対の帰依と森羅万象への窮理の双方を極めた者だけが達する
と言われる境地で、代々それを一子相伝に成し得ているのが皇帝陛下だけであるとされる。
――
「僕は、養い親の教育により、ネル殿のように魔法に対する絶対的な帰依に至った。そして君は魔法無き異界の教育を受けて窮理に長じている。
僕の様な者はギョウに疎く成りがちで、君の様な者はメグリの修練に難がある。普通、ギョウとメグリを兼ね備えるのは至難の業なんだが……。
僕達は期せずして究極魔法への鍵、アワセを会得してしまったんだ。
魔法自体を属性的に特化させて運用する能力は、発動を僕、制御を君が行うことで飛躍的に上昇する。
例えば君が良く使う釘撃ちの術も、君と僕が一つになる事で一層強力な術に生まれ変わることだろう。
同じ術でも、君と僕とでは発想がまるっきり異なるんだ。
僕は赤ちゃんの頃から魔法使いに成るように育てられたから、肉体制御はあくまで急場を凌ぐ護身術で、釘撃ちの方が普段使いの術になる。
だけど君は釘撃ちは単なる牽制で、肉体制御こそ本だろ?
今まで混沌としてて、君の術に僕が制約を掛け、僕の術に君が歯止めを着けていた。
でも僕達はハッキリと分離した。混ざっていて中途半端なだったものが、今こそ全きものと成ったんだ」
「じゃあ。俺とお前はどうなるんだ? そしてここはどこだ?」
と問うと、ライディンは言った。
「僕はこの身体の本来の持ち主で。君は異世界から来たシャッコウ。そしてここは、言わば心の中のようなものさ。
僕は本来、一つ身として生まれる筈だった者が分かたれし者。だから君も、本来一つの身体に降りし者だったのに分かたれてしまったのさ。
だから君は覚えていない事が多いし、君の中には謀反気とか野心とかがとても薄いんだ」
「心の中か。なら、分離した俺達は、どちらかが消えてしまうのかい?」
「消えない。意識を失っていてもどちらも今こうして残って話せているのがその証拠。
君が覚えていない最初の白い世界。
ショックでその時から僕が閉じこもるまで意識をなくしていた。
君が気付いた時は、僕が逆に耐えきれなくなって意識を手放していた。
そして今、僕達は同時に目覚め相対している。
だから語ろう、君が知らない君と僕の物語を」
「そうだな。俺達がスジラドと成った物語を」