マッチョなアイツ-03
●邪神の下僕
「何だこれは?」
大男が巨大熊の皮を剥ぐ段階でパラパラ下に落ちて来た物。
「まさか! 刺さってなかったの?」
僕は慌てて確認する。
いくら拳銃弾程度の威力とは言え、撃ち込んだ釘は皮の表面にすら刺さって居なかった。
恐らく、毛が衝撃を吸収して単なる打撃になってしまったのだろう。
「ははは。魔物に限らず生き物の身体は、自分の攻撃に耐えられるように出来ている」
大男が哂った。
「こいつはジンユウ。歴とした魔物だ。下手な鎧など切り裂く爪を持って居る以上、毛皮がそれを防げぬ道理はない」
「ジンユウ! これがそうなの? 初めて見た」
馬車の素材に使っているにも関わらず、実物を見たのは初めてだ。いや、ジンユウって言うのは確かこちらのメス位の大きさの魔物だった筈。
聞くと見るとの大き過ぎる違いに驚いていると大男は、
「ほら。毛皮を剥いだ。要るならこいつで鞣すと良い」
掌に収まるサイズの算盤の玉のような石を僕に手渡した。これで川で毛皮の裏の膏をこそげ取るのだそうだ。
「粗方終わったら、鍋で脳を煮たお湯に漬け込むんだ。そこまでやって市に持って行ったら一財産になる。肝と胃は干しておくと良い。膏を煮出して上澄みを固めれば、野獣や弱い魔物除けのロウソクになる」
教えて子供達の作業を仕切り出すマッチョは、
「さてこの魔石だが扱いは厄介だ。魔石は魔物その物で、巫女の力を持つ者が浄化しないと使えない。下手に持ち運ぶと、それだけで魔物の力に飲み込まれてしまうこともある」
そう言って僕らを見渡し、
「この中では浄化出来そうなのが二人しか居ないようだな」
と口にした。
「それって誰だよ」
デレックが問うと、
「そこの気の強いお姫さんと、そっちの泣き虫の嬢ちゃんだ」
と指を指す。
「あたし?」
自分を指差すネル様。
「ふぇ?」
目を腫らしたシレーヌちゃんがマッチョの方に顔を向ける。
「因みにお姫さんは我が強いから、素直な嬢ちゃんのほうが向いている」
言って、ジンユウの魔石を手渡す。
その時だった。
「うぉ! 何だこれは?」
バチっと火花が飛んだ次の瞬間。マッチョの身体が透けて行き、見る見る骸骨の姿に変わる。
「ス、ス、ス、ス、スケルトン!」
何の因果か。甘辛城の宝と呼ばれたお転婆でやんちゃなお姫様を思い出させるイントネーションで驚きの声を上げるネル様。
僕が一瞬固まった時、問答無用で斬り掛かったのはデレックだ。だけど、
「はっ!」
トンと音が響き、払い流されるグラディウス。ついで掌で顎を擦られデレックは膝を着く。
「話をする気も無いとは困った奴だ。
私はイズヤ様の下僕マッチョスケルトン族の長にして、封神されし禍津神ユオリィ・ズゥイジー・ショラン。而して字をクィと申す。
試練の神のイズヤ様の名に於いて、スジラドなる器を見定めに参った。スジラドは居ずや」
威儀を正し、やけに格式ばった言葉で尋ねるクィさん。
「スジラドは僕だけど……」
と答えると、
「ならば始めよう」
クィさんはどこからか取り出した頭に宝玉を付けた銀のバトンを、尖った切っ先の方を持ってゆっくりと振りかざす。そしておとぎ話の魔法使いのお婆さんの様に、
「ええーい!」
と気合を込めて突き出した。
お日様の光の滴を編むように、キラキラと輝く宝玉。
気が付くと、僕は真っ白い空間に浮かんでいた。
眉一つ動かせぬ金縛り状態の中で、霧の中に浮かび来るように目の前に現れるクィさんと子供達。
「巫女よ。私の受肉を解いたそなたこそ、当代の山の巫女。私は止める者なれば、三つの贈り物を致そう」
天に突き上げた銀のバトンを、船で取り舵を指示するサインの様にゆっくりと肩を中心に左に回す。
すると男の人と女の人がシレーヌちゃんの前に現れた。
見開く瞳。震えるまつ毛。水風船がはじける様にシレーヌちゃんの口から飛び散るその言葉は、
「父ちゃん! 母ちゃん!」
駈け寄り飛び付くが、その手は二人の身体を通り抜ける。
「元気なようだな。お前だけでも助かって良かった」
「最後の最後に会えて良かったわ」
シレーヌちゃんの両親が語り掛ける。
クィさんが
「残された時間は少ないが、親子水入らずの時を過ごせ。そして巫女を人買いに売ったその心根を直に聞くが良い」
と言うや否や、シレーヌちゃん達の三人の姿がこの場から消え失せた。
「僕も会わせて!」
「私もお願い!」
それを見ていた子供達が、口々に自分も合わせてと泣きながらクィさんにねだる。
クィさんは頷くと、子供達一人一人に向けて銀のバトンを振った。一振り毎に一人がこの場から消えて行く。
そうして最後に僕とクィさんだけが残った。いや。なぜかネル様も残っていた。
再びクィさんは威儀を正し、
「これでゆっくりと話せますなスジラド殿。いや分かたれし荒、禍津神ライディン殿」
僕の事をそう呼んだ。





