敵討ち-05
●作戦待機
夜は更ける。昼間の内に交代で寝かせて置いた子供達の目は冴えている。
敵は人間の味を知った熊だ。火を恐れずおまけに大胆。熊除けの鈴は一転人喰い熊寄せの鈴に大変身。
しかも身の丈三メートルと来たら、魔物でなくとも危険な相手。
ただあの熊の大きさなら、木登りは苦手と推察される。速やかに樹上へ遁れ、かつその樹から別の樹へ移動する手段を確保出来ればそれなりの安全は確保できると思われる。
基本作戦はデレック曰く牡牛の角。頭で拘束し、左右の角で攻撃し、最後に牡牛の腰を入れて止めを刺す。
頭の役目は急造ながらも砦の堀と土塁越しの一斉攻撃。ムシロを掛けた喰い残しの鹿に喰らい付いた大熊を、砦内の者が全員で壁越しの攻撃し拘束する。
左の角がデレックとデレックの班。任務は大熊の消耗だ。頃合いを見て熊に対して白兵戦を挑む。
この時ワンダくんやハックくんミサキちゃんが、味方撃ちにならぬ様土壁の上から棒や槍等の長柄の武器でデレックの突入や離脱の為の支援に徹する手筈になって居る。
右の角が僕と僕の班。任務は射撃主体の遊撃で、主に大熊の体力の削りとデレックの支援だ。
村から掻き集めた千余の鉄釘を袋に入れて随所に隠し、砦の外に潜んで危なく成ったらロープに結び目を作った縄梯子で樹木の上に逃げたり別の樹へと移動。当然、攻撃の主体は僕になる。
僕の班の武器は手拭いの投石器と毒塗りの矢竹の槍を投げつける投擲具。デリラちゃんもメグちゃん。そしてビルくん。いずれも投擲が得意だから、樹の上から牽制してくれたり注意を引き付けて僕の攻撃の溜めの時間を稼いで貰えるだろう。
そして牛の腰がネル様とネル様の班。任務は最終的に大熊を斃す役目。
戦いの途中までは土壁越しの攻撃で大熊を引き付けて、デレックの突入後から予備として待機。
再び参戦する時は、ベーブくんがネル様への矢の受け渡し、エルペスちゃんとシレーヌちゃんが馬車のバネ等を使って作った小型バリスタを操作する手筈だ。
こうして、見張り以外の子供達を楽な姿勢で休ませながら、僕達は息を潜めて大熊の遣って来るのを待って居た。
●出た!
月の位置から見て、午後九時を回った位だろうか?
「うえ~……」
一瞬、ほんの一瞬泣き声が響き、くぐもって消えた。危険を察知し泣き始めたシレーヌちゃんがの口を、同じネル様の班の誰かの手が押えたのだろう。
闇の向こうを目を凝らして見詰めていると、繁みに伏してみる僕の視界から星空の星のいくつかが消えた。
そう。星明かりに透かして、大きな熊が拝み小屋を縫う様に近づいて来るのが判る。丁度昼間にネル様が、鹿を引きずって来たとの同じコースを辿っている。
「まだだよ。鹿に手を付けて、砦の攻撃が始まるまでは待機だよ。片目を眼帯で隠すのを忘れないで。
木登りの準備は良いね? 僕の最初の一撃の後、注意を引く援護射撃をしたらさっさと予定の樹に登って、ロープを引っ張り上げるんだよ」
三人に指示を飛ばし、僕は匍匐前進を開始する。味方の流れ弾を浴びない位置まで移動するためだ。
釘の袋を一つ携えた僕は、ゆっくりと回り込み、釘打ちの流れ弾が土壁に阻まれる場所に位置取る。
この距離ならば、釘の威力は精々拳銃弾。熊の毛皮と脂肪を貫いて致命傷を与えるには程遠い。だけど確実に痛みは与えるし流血は免れない。手負いにしてヘイトを稼ぐ効果は確実にあるんだ。
一番注意しなければいけないのは、熊がこの場を逃げ出して凶暴な手負いのままこの辺りを彷徨う事。メグちゃんに作って貰った仕掛けがどこまで有効に働くかに期待しよう。
来た。大熊がムシロを捲って鹿に喰らい付いた。咀嚼する音が夜の静寂に良く響く。
虚空を摩す矢叫びを合図に、熊に降り注ぐ石と投げ槍。
熊の毛皮は石も槍も矢を跳ね返したが、怒らせるのとこちらの攻撃を軽んじらせるのには役立ったようだ。
「ぐぉぉぉ!」
立ち上がり、土壁の向こうに向けて威嚇の咆哮を放つ熊。
あれ? 背中から眺めているせいか、少し小振りに見える。
「いよいよお前も年貢の納め時よ。観念しなさい!」
愛用の魔法の弓を引き絞り狙い定めるネル様。見た目小さな弓を甘く見たのか逃げようともしない熊。
うん。さっきの矢は弾き返したよね。でもあれはネル様の矢じゃないんだ。
トス! 肩に半ばまで突き刺さった矢。しかもクリスちゃん謹製の毒を塗り込んだ毒矢だ。
「ぐぁぁぁぁ!」
反射的に払った熊の掌が矢を圧し折ったが、鏃は中に残された。
予期しない痛みと毒の痺れに悲鳴を上げた所を、今度はアバラ三本目に突き刺さるネル様の二の矢。続けてハックくんやワンダくんらが土壁の上から振り下ろして来る長柄の槍を叩いて圧し折った熊は、一旦こちらに下がった直後、勢いを付けて突進。
「我は言上げせず。唯真を以て圭を用いんと欲す。
用いて大作を為すに利ろしと、今やその道大いに光かなれば
轟け百雷が如く風の雷。拡声」
全体を指揮するネル様が、拡声の魔法を使う。
「スジラド!」
ネル様の指示に合わせて、
キュキュキュン! キュキュキュキュキュキュン!
跳躍する直前に僕の打ち込む鉄釘が熊の尻や背に吸い込まれる。バランスを崩した熊は、盛大に土壁に衝突して地響きを立て。直後手前の堀に滑り落ちた。
今の衝撃で土壁の上から投げ出された子が、腰の命綱で宙ぶらりん。
仲間を引き上げつつ投げ入れられる松明は、三本の松明をテトラポットの様に組み合わせ、五つの端に火を点した物。地面に落ちても最低一つの端は上を向くから火が消えない。そんな仕組みの投げ松明と言う物だ。
掘の中に揺らめく炎が、土壁に淡い光を投げ掛けた。
「ぐごぉぉ!」
大熊の雄叫びが響く。土壁に爪を立て、登る熊の頭上から繰り出される子供達の長柄。叩きつけられる石や投槍。そして熊の身体に打ち込まれるネル様の矢。
大熊は三度試みて失敗した後、今度は離脱を図る為に外側をよじ登る。堀の外側に見えた熊の手に、
キュキュン! キュキュン!
釘を撃ち込んでやると、またまた熊は堀に滑り落ちる。
その隙に、堀の外に抜け出したデレックが、
「獲ること醜に匪ざれど。
水は器に従いて、火は付く物に拠り容を現す。
起れ火の火。小着火」
自慢の剣に魔法を付与。
「キェェェェ!」
這い上がって来る熊の手や腕を滅多刺しに攻撃する。刺すと刃を咬む熊の肉を、焼いて抜き易くして何度も刺す。
この為傷の割に熊の出血は少ないが、あれだけ刺されれば、幾分短剣の様な大熊の爪の脅威は軽減される事だろう。高い足場の利を活かして、攻撃を続けるデレック。
それでも這い上がり、堀から遁れようとする熊の顔に、
キュキュキュン! キュキュキュキュキュキュン!
僕は鉄釘を撃ち込んで行く。
たとえ拳銃弾の威力でも、顔に当たれば怯ませられる。目など毛皮の鎧で護られない部分が多いからだ。
良し行ける。このまま削って行けば、こいつを斃す事が出来る。
そんなムードに成り掛けた時。
「スジラド後ろ!」
拡声の魔法に乗せたネル様の、悲鳴にも近い声が鳴り響いた。
振り返ると、そこに巨大な熊の姿が見えた。





