敵討ち-04
●貯香麗糖
僕達がそれなりに堅い砦を作っている間に、中央の四阿では煮炊きが行われ、デレック達が物見の情報を持って帰って来た。
そして昼下がりを過ぎた頃。ネル様達が野草やウサギや山鳥を持ち、獣に食い荒らされた鹿を引き摺って帰って来た。
「ネル様これは?」
僕が訊ねると、
「熊の喰い残し。後で食べる為に繁みに隠されて居た物よ。内蔵しか食べていないから、多分これを追い掛けて遣って来ると思うわ。どこへ置けばいいの?」
「だったらそこの民家と堀の間にお願いします。そこだと二ヶ所から斜線が通るので」
「判ったわ」
鹿をおびき寄せの囮にして、そこを目掛けて矢や石や投槍を浴びせられるように。クリスちゃんにもう一働きして貰い、砦を最終調整。
そうこうしている内に、食事の支度が完了した。
山椒と塩を振り掛けて焼いた野ウサギと山鳥。拝み小屋から回収した椀に入れられる湯気の立つ麦の粥に野草とウサギ肉の炒め物。
「お肉だぁ~」
燥ぐベーブに興る子供達の笑い声。
「この程度で喜ぶなんて。おい。今までお前らいつもどんなもん喰ってたんだ?」
あきれ顔で聞いたデレックに、
「焼いた大根」「カボチャのお鍋」「お芋の尻尾」「バッタ~」「ミミズ」
口々に碌でも無い事を言いだす子供達。
大根もカボチャも主食としては救荒食。僕やデレックの常識だと、お芋を除けば主食にはしたくない代物だ。特にバッタやミミズは出来ればおかずにもしたくない。
「食べていいの?」
と確認して来るのはハック。
「お代わりもあるから遠慮なく食べなさい」
とネル様が言うと、
「ほんとか? いいんならオラ、何杯でも食えるぞ」
と聞き返すビル。良いと返したら、クリスちゃんがわざわざ、
「お腹壊すほど食べちゃダメだよ」
と釘を刺す勢いで、椀に口を着けてスプーンで粥を掻き込み始めた。
「どうしちゃったんだろ? おかずは手掴みだし、ものすごい勢い」
僕が呟くとネル様は、
「移送中のモノビトは、わざと不味くて粗末な物しか食べさせないのよ。しかもいつもお腹空かせておくように量も少ないの。
経費を減らす為でもあるけど。移動中に逃げ出す元気を奪う為と、売られた先で馴染みやすくする為よ。
だから、いきなり普通の食事を用意されたらこうなるのは当たり前でしょ?」
と僕の耳に囁いた。
「思えばほんとあんたは、おかしな子だったわ。ピーマンもオートミールも嫌がらないし、お砂糖たっぷりの焼き菓子あげても喜ばないし。ちっちゃい子の癖に、モノビトの癖に食事のマナーも確りしてたし。
でもね。普通、何も教えてないモノビトの子供ならこんなものよ」
言われてやっと、そう言うものかと僕は思った。
皆の食事が終わった頃。
「今日は特別! 美味しい物を用意したよ」
クリスちゃんが、焦げ茶色のちっちゃいお団子の様な物を一人に一つずつ配って回る。
「え? チョコレート?」
僕が驚きの声を上げると。
「兄ちゃ知ってたの? でも発音悪いよ。このお菓子はチョコウレイトウ! ウサ家伝来のお菓子だよ」
「チョコウレイトウ?」
オウム返しに口にすると、
「真名ではこう書くんだよ」
クリスちゃんは地面の砂に、棒で『貯香麗糖』と書き記した。
「お砂糖とミルクと牛脂と百合根を加えて練り込んだ、イナゴマメのお菓子なんだよ」
良く嗅ぐと香りは少し違うけれど。色と言い質感と言い、香ばしさや苦味と言い、甘い香りの感じと言い。加工されたイナゴマメはカカオによく似てた。
だけど僕が、イナゴマメと聞いて最初に思い浮かべたのは豚の餌。新約聖書の放蕩息子の譬えのワンシーンだ。故郷を離れた遠い国で、財産を使い果たした下の息子が飢えて口にした豚の餌。それがイナゴマメなんだ。
だから、そんなものでお菓子を作ると聞いて、本当なの? って思ったけれど。
「イナゴマメがこんな美味しい物に成るなんて、目から鱗だよ」
貯香麗糖は、僕の知ってるチョコレートじゃないけれど、それに一番近いお菓子だ。
さらにアーモンドとかフレーバーを加えたらもう僕には区別付かなくなる。それくらい懐かしい味だった。
「また変なこと言ってるし。言いたい事は解るけど」
ネル様が呟いた。
あ、そうだよね。目から鱗の出典は使徒行伝のパウロのお話だったっけ。





