恐怖の夜-04
●西野村
土の道は、あまり通りが無いのか真ん中にぽつぽつと、中央分離帯のように草が生えている。
幅はやっと馬車一台。轍の跡が窪んで所々に水溜り。
地図と道標の通り道を進むと、村を囲む堀と掻き上げの土塁が見えて来た。
そして破壊された木柵の門に辿り着いた時。一人の子供が脱兎の如く、村の中に飛び込んで行く。
「シレーヌちゃん!」
ついさっきまで、怯えて僕の服を掴んで離さなかった子とは思えない。
「何やってんのよスジラド!」
慌てるネル様は僕を叱る。僕が駆け出すよりも早く、
「俺が行く」
周囲を警戒しながらも、真っ先に後を追いかけるデレック。
僕も追い掛けようとしたけれど、
「ストップ! あんたまで一緒に行ったら、こっちが手薄になるわよ」
ネル様に止められた。尤も八歳の女の子の足で、鍛えに鍛えた成人間近いデレックに敵う訳がない。直ぐに捕まえられた。
「お前なぁ! 俺達だから良かったけど、今のは逃亡と見做され見せしめに……」
「デレック!」
ネル様は荒げるデレックの大声を遮り、
「神殿に連れて行くのよ。モノビト扱いは止めなさい」
と窘めた。そして連れ戻されたシレーヌちゃんに近寄ると、
「どうしたの? 危ないでしょ」
と、優しく尋ねた。
「うえ~ん!」
泣き出すシレーヌちゃん。僕はもしやと思い、
「もしかして住んでた村?」
と水を向けると、シレーヌちゃんはコクリコクリと頷いた。
「何で黙ってたんだよ」
ぼやくようにデレックが言うが、さっきの大声せいか縮こまってしまうシレーヌちゃん。
「責めちゃだめ。怖がってるよ」
クリスちゃんが間に割り込んで、
「いや俺は……」
デレックの言い訳を皆まで言わせず、
「シレーヌちゃんから見たら、デレックは魔物を簡単にやっつけちゃう凄い人なんだよ。大声出したら怖いに決まってるよ」
と決めつけた。
「それはスジラドもネル様も同じだろ? なんで俺だけ」
ぶつくさ言うデレックに、
「あんた当たりがキツイのよ。もっと物腰柔らかく出来ないと、怖くて女の子近寄って来ないわよ」
痛い所を突くネル様にどんよりとなるデレックの顔。だけど捨てる神あれば拾う神あり。かと思ったが、
「しょげないでよ。デリカシーの欠片も無い兄貴だって、惚れる女の子は居る筈だよ」
傷口に塩を擦り込むような事を言いながら、逞しい腕にしがみ付くミサキちゃん。
「馬鹿にすんな!」
今の声でまたシレーヌちゃんが怯えてしまったけれど。当のミサキちゃんはどこ吹く風。ぴたっとデレックにくっ付いて、
「そう言う兄貴だからいいんだよ」
と笑ってる。
「あれだけアピールしてるのに気づかないものなんですね」
と僕が肩をすくめてネル様に言うと、行き成りバチンと平手打ち。
「え! 何で?」
「ふん」
ネル様はそっぽを向いた。
気を取り直して僕達は、ゆっくりと馬車を村に入れる。
ああ、やっぱり。村は夢の中で見た光景そっくりだ。共同の井戸と竈を覆う四阿を中心に、拝み小屋が並んでいる。
もじもじして何処かへ行きたそうにしているシレーヌちゃん。
「ネル様。ちょっとシレーヌちゃんを預かって良いですか?」
「どうかしたの?」
「シレーヌちゃんの証文のサインは村長で、売買理由は両親死亡でした。お墓参りさせてあげたいんです」
「スジラドが付いて行くなら構わないわ。でも、この村誰も居ないわね。あたし達は四阿付近に居るから、ついでに見て来て」
ネル様は少し考えてOKを出した。
「おーい」
呼ばわるが朝の炊事の時間だと言うのに返事は無い。
拝み小屋の大半は刃物のような物で切り裂かれて穴が開いて居たり、重たい物がぶつかって潰れて居たり。
火に晒されていない所を見ると野盗の類では無いし、恐らく伝染病でも無いだろう。
あ、吊るされたトウモロコシに齧られた痕。益々夢と同じだ。
そして村はずれに、比較的新しい墓標が二つ。駈け寄ると突っ伏して声も無く泣き出すシレーヌちゃん。
僕はその後ろに立って、右の拳を心臓の上に置く立礼を取った。本当は黙祷したかったけれど、全滅した村の様だから警戒を絶やす訳には行かないからね。
戻って来た時、四阿の横に馬車を着けたネル様はサンドラ先生のマジックアイテムで井戸を調べていた。
「おかえり。井戸も深いし、この水本当に綺麗だわ。生水のままで飲めるくらい。だから原因は流行り病では無い事は確かね」
そんなネル様に僕は二つの物を見せる。布の破片や髪の毛や砕かれた白い骨の混じる獣の糞と、食い荒らされたトウモロコシの芯を抉る牙の痕を。





