恐怖の夜-03
●悪夢
「そろそろ交代よ」
ネル様が見張りの交代に起きて来た。
「どうやら落ち着いたみたいね」
「うん。なんとかね」
怯えてパニック状態だったシレーヌちゃんは、今は僕の服を掴んだまま僕にしがみ付いて眠っている。
「スジラド。起こすとまた泣き喚きそうね。仕方ないから一緒に寝るのを許してあげる」
不機嫌そうに言うネル様。ぎゅっと固く握りしめていて引き剥がせない以上、起こすしか方法が無いんだけれども、起こせばさっきののような騒ぎになりそう。
だからそのまま馬車に繋いだ荷台の隅に、シレーヌちゃんを抱えて横になる。
中々寝付けず目を閉じていると。自分でも『あ、これは夢だな』って思える夢を見た。
気が付くと最近連絡が取れないチカの視点で、開拓村を見降ろしている。
入植間もないのだろう。防備の為の堀と掻き上げの土塁と木の柵は有るけれど、中は本当にお粗末なものだ。
家はテントと大差ない、木の骨組みに笹の葉や茅を被せた三角形の拝み小屋。
沼畑のオリザの実は疎らで畑の土もまだ出来上がって居らず、新しい畑には二十日粟が播かれている。家畜も牛馬は勿論豚も居らず、僅かなヤギに鶏とウサギ。
森の青葉を掻き集め、抜いた雑草を腐らせて居る農家の庭。村人は、大人が広げたばかりの耕作地に森土を客土し、小さな子供が畑から石を拾い集めている。
集落中央に四阿。釣瓶井戸・薪置き場・竈・台所の上に雨除けの屋根を着けた感じだ。
共同で食事を作るのか、今のクリスちゃんと大して変わらない女の子が大鍋で食事を作ってる。
中身は二十日粟五分に、二分の豆。残り三分はカボチャと大根を皮ごとコンカッセ、つまり荒く五ミリ角に刻んでぶちこんだ物。
塩壷の塩は白く無く、一見土塊に見える安物だ。
貧しいけれど平和な村の営みだ。子供連れの入植と言うだけで、村はかなり安全な土地だと思われる。
映画の様に小刻みに場面が変わる。
これはお葬式? 真新しい墓標の前で泣きじゃくる、ぶかぶかの服を着たちっちゃな女の子と男の子。穿いている靴も走ったら脱げそうな大きさだ。
何やら言い聞かせるちょっと良い服を着た男の人。さっきの女の子が、丈に有った服だがコーヒー豆の袋の様な荒いドンゴロスの服を着ている。やがて女の子の手に墨が塗られ書類の横に手形が捺される。そして両手首を縄で一括りに縛られた女の子が、裸足で男の人に引かれて行く。
再び画面が変わり早朝だ。
ネズミの害を防ぐ為、村で唯一つ建てられた、高床式の倉。二列に並んだ柱の間に井桁を組んで板を渡した簡素な物だ。隣の干場にまだ柔らかいトウモロコシが吊るされていた。
あれは? うわっ! 大きな熊。立ち上がると身の丈三メートル。爪は刃のように鋭くて、牙はまるでノミみたい。軍人礼服の勲章を吊るす為の肩から腰に回す帯状の布・懸章の様に袈裟懸けに白い毛筋の入っている大熊だ。
最初は辺りを警戒していたけれど、直ぐに大胆に吊るされていたトウモロコシを食べ始めた。
また画面が変わった。
拝み小屋が大熊に襲われている。うわー。なんてスプラッタ。女の人が襲われている。
その熊に松明を突き付け農具を武器に向かって行く農民。
「死ね」
「ケダモノめ!」
唇がそう動く。呪いの言葉を吐きながら。けれども炎を恐れもせずに猛り狂う熊の腕の一振りで、身体を切り刻まれて血煙の中に倒れて行く。
熊が襲うのは向かって来る者だけではない。
「助けて!」
逃げ惑う子供をも無造作に襲う熊は、血煙を上げて倒れるとその子供を見向きもせず、女の人の身体だけを喰らっている。
これって……もしや。僕がそう思った時。
「兄ちゃ。兄ちゃ。大丈夫?」
クリスちゃんの声に目が覚めた。辺りは明るく鳥の声が響いてる。
「兄ちゃもシレーヌちゃんもうなされてたよ」
涙を浮かべてこちらを見詰めるしがみ付いたまんまのシレーヌちゃん。僕がそのまま鳥が羽交いにヒナを集める様に抱き締めると、胸の中でしくしくと泣き始めた。
「スジラド。その子を馬車に入れて。夕べのショックが酷過ぎるから、歩かせるのは可哀想だわ」
ネル様はそう言うけれど。僕にしがみ付いて離れないシレーヌちゃん。
何だか朝っぱらから不機嫌になって行くネル様は、とうとう大声で怒鳴りつけた。
「そんなにスジラドが良いんなら。気が済むまでずっと一緒に歩いてなさい」
木の道標の指す彼方。街道から逸れた土の道を行くと、西野村と言う開拓村があると地図には書かれている。地図に書き込まれている通り道標にも西野村まで一里、つまり四キロと書かれている。
夕べの話の通り僕達は、一旦そちらに寄って行く。さっきの夢がスケルトン達のメッセージならば、全滅しているって話になるけど。





