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恐怖の夜-01

●泣いたら敵が来る


 泣き喚て居たのは案の定シレーヌちゃん。ネル様とクリスちゃんがいくら宥めても泣き止む気配がない。


「デレック、スジラド。外を警戒して」


 昼間の事があるから大事を取るネル様。何故泣いているのか判らない大泣きの後、あの暴れ馬だ。

 ひょっとしたらシレーヌちゃんには危険予知の賜物があるのかも知れない。


 十分くらい、目を(みは)って警戒していると。闇の中に蠢く白い物が見えた。

 揺らいだり透けたりしている訳ではないが、星明かりにやけに白く浮かび上がるそれは……。

 大小様々な夥しい数の骸骨だった。


「おい! 何してる」


 デレックの声に我に返ると、スケルトンの大群がこちらに迫って来る所だった。


「スジラド。まさか、怖いのか?」


 別に馬鹿にした声では無く、ただ確認しただけの声。そしてすぐにその声は、安心したような声に代わる。


「いや。悪い悪い。お前にも苦手ってもんがあったんだな。そうか、こう言うのが駄目なんだ」


 今のデレックからは、ネル様と僕の武術の稽古が始まった頃に良く見せた生暖かい視線を感じる。


「俺が何とかする。スジラドはネル様と子供達の護りを頼む」


 そう言って駆け出すデレックの機嫌はすこぶる良かった。


「スケルトンの大群? 武器は何?」


 弓矢を持って飛び出すネル様。


「あ、でもスケルトンに矢は効かないような」

「……そうね。クリス! あたしの二番目の袋から青い縞のリボンの掛った矢筒を取って」

「はーい!」


 手渡され、


「普通の半分しか入らないけれど、こういう時には役に立つわ」


 取り出した矢の鏃は尖って居ない。先の平たい円筒状の鉛で出来た神頭矢(じんとうや)と言う特別な矢。剣で言うなら、普通の矢がレイピアならば神頭矢はメイス。衝撃で打ち砕く為の矢だ。スケルトンは霊体では無いから、命中させることさえ出来れば普通の弓矢でも骨を砕くことが出来る。


「兄ちゃ。顔色悪いよ」

「うん。ありがとう」

「スジラド。苦手な物は苦手なんだから、無理しちゃだめよ」

「う、うん……」


 それにしても。気丈なネル様は兎も角、クリスちゃんまで何で平気なんだろう?

 骸骨が動いてこっちへ向かって来ると言うのに。僕が加工した鉄棒の槍を手に迎撃の準備をしている。


 カラン。乾いた音が響く。


「……キリがねーな」


 ぼやくデレック。

 腕や足を切り飛ばしても直ぐに骨はくっ付いて元通り。首を刎ねても頭を乗っけてまた立ち上がる。

 骨と言う奴はかなり硬く、特に頭蓋骨は天然の兜。こう言う連中が、鎌やら鍬やらフォークやら、農具を武器に襲って来るのだ。


「しゃあねー!」


 デレックは剣に魔力を走らせた。不純物の多い火の力しか集められないが、魔力を通すだけでも切れ味が上がり、霊体だって切り裂けるようになる。だから、


「キェーイ!」


 頭蓋骨を唐竹割りにして脊髄を縦に切り裂くような芸当も可能になる。

 しかし、スケルトンの再生を何とかするのに手間取ったせいか、結構な数がデレックの後ろに抜けてしまった。追い掛けようにも後続に対処しないと状況悪化は必至。


「スジラド! 頼む!」


 デレックは大声を張り上げた。


 数はそれだけで脅威だ。


「クリス。子供達に鉄棒を持たせて。襲われた時に時間稼ぎしてくれないと護り切れないわ」

「姉ちゃ判った!」


 動き出したクリスちゃんを後目に、


「スジラド悪いけど。あたしが倒せるのは十五体以下よ」


 神頭矢は征矢(そや)よりもスペースを食う。だから矢筒には征矢の半分しか入らない。対して抜けて来たスケルトンはざっと三十は居る。


「ひと~つ」


 ガシャン! 手前のスケルトンの頭蓋骨を砕き、後ろのスケルトンの下顎と頸椎を折るネル様の一射。


「ふた~つ」


 今度も後ろを巻き込んだヘッドショット。今の二射で都合四体が崩れて骨の残骸になった。


「み~っつ」


 鎖骨を砕いて後ろに抜けた。後ろの何体かを掠めて片腕を砕いたが、全部斃れずに向かって来る。


「よ~っつ」


 ネル様の矢は、一本で複数を斃す事もあった。しかし一体に二、三本使う事も珍しくなく、見る間に矢は消費されて行った。


 近づいて来るスケルトン。どうみても小さな子供としか思えないサイズのものが居る。


「こ、これって……」


 思い当って鳥肌が立つ。


「開拓村が全滅したみたいね」

「わー。言わないでよネル様。考えないようにしてたのに」


 拾った子供達の、あり得たかも知れないもっと過酷な運命。殺されて魔物になってしまうなんて。この世界って全然人に優しくない。


「兄ちゃ。優しいね。でも、スケルトンは大抵は生きてる人を憎む魔物だよ。同情する兄ちゃが斃したくないなら、クリスがやるから」


 そんなこんなしている内に、とうとうネル様の矢は尽きた。


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