拾い物-04
●尊敬の眼差し
今夜のおかずと猛獣対策の毒。血止めや気付けや鎮静に使う薬を手に入れた僕達は、日の沈まない内に野営地を作る。
ネル様とクリスちゃんが、幌のフェルトを切って縫って袖の着いた毛布にする。全員分は今日の事にはならないけれど、ちっちゃい子から順に支給する。
「ネル様って裁縫なんてもんが出来たのか」
普段は見せない意外な技能に驚くデレック。
「黙らないとその口縫い付けるわよ」
出来なくて当たり前のように言われ、唇を尖らせるネル様。
実の所、繕い物など裁縫技術は庶民でも欠くことの出来ない女性の嗜みだけれど、同時に貴婦人にとっても必須の技だったりする。
例えば自分で刺繍を施したハンカチは、家来や自分を敬愛してくれる騎士に対するお金の掛らない褒美として良く使われるし、殿方への贈り物としても喜ばれる。だからネル様もシーツや巾着や枕カバー程度なら縫えるようになっていると申請しているし、クリスちゃんもぬいぐるみのお人形を作った経験がある。
それで腕前は? と言うと、材料を必要なだけ都合付けられる分、庶民の同じ歳頃の子と比べて場数を踏んでいた。
「あたしの着てるの、旅の寝具としては秀逸なのよね。こうして身に着けたまま作業出来るし」
ネル様の纏う着る毛布は、タジマ家から献上された帆布に使うヤギの毛布で出来ており、弾力性があるうえに雨を弾く。土砂降りの雨でも長時間水を通さず、濡れても乾くのが早い優れものだ。帆布に使う物だから当然風も防いでくれる。
それに比べれば、今作っているのは何等も落ちる物。だけど防寒と言う意味では優れものの品と為るだろう。
「ふぅ」
また一つ着る毛布が仕上がって一息つくネル様。まだまだ本当に上手くは無いけれど、実用上差し支えない丁寧な仕上がりだ。袖部分は丁寧な本返し縫いで取りつけ、周囲を細かい目でかがってある。
クリスちゃんが縫った物も、ネル様と比べ縫い目が不揃いな位で丈夫な仕上がりになっている。
「お姉ちゃん、お母さんみたい」
「お姉ちゃんの指、魔法使いみたい」
覗き込んで来るちっちゃい男の子や女の子の頭を撫でてやりながら、ネル様は、
「ふふん、凄いでしょ」
おべっかじゃない尊敬を受けて鼻高々。
「丈夫さで言えば裾上げみたいに、折り返して流しまつり縫いにした方が良いんだけれど。それだと布が足りなくなるのよね」
ため息交じりに出来栄えの不満を漏らして見せる余裕さえある。
そんなネル様の振舞いに、針仕事の経験のある年嵩の女の子は、魔法とまでは行かないけれど一様に尊敬の眼差しを向け、
「ねるさましゅごーい」
一番ちっちゃい四歳の男の子が、母親に甘えるように抱き付いて来る。
ちらりちらりと僕を見たネル様は、
「この位の男の子って、普通はこうよね。……誰かさんは違ったけど」
と僕に聞こえる様に呟いた。
「違う違う。もっと腰を落として転ばないように立て。
いいかぁ~。重たい鎧着けた時は、転んで立ち上がる時に大きな隙が出来るんだ。
足運びはいつも摺り足。これだと小石に躓くこともねぇ。
それとお前。長槍を使う時は棒の事は忘れろ。
短槍なら柄が固いから棒と扱いほとんど変わらねぇが、長槍は柄が竹を束ねてあるから撓うんだ。余程の腕が無いと鎧の隙間を突き刺せねぇ。
だから普通は殴りつけるんだぜ。こうして撓りを利用して威力を増して、固い穂先で殴りつけるんだぞ」
少しは棒を使える男の子から、槍の手解きを頼まれたデレックは、師匠ぶって嬉々として教えている。
でもこちらも時々、ちらりちらりと僕の方を見る。そして、聞こえよがしに大声で呟く。
「普通はこうだよなぁ。飲み込みが悪くて一つ一つ教えて遣んねぇと、何も出来やしねー筈なんだ」
で、デリック。その恨めしそうな眼は止めて。
こうしてネル様とクリスちゃんが着る毛布作りの針仕事をし、デレックが槍の遣い方を教えている今。
僕はひたすら研磨仕事に大工仕事。鉄格子の棒の先を竹やりみたいに切落して尖らせた後は、解体した馬車の部材と予備の弓を使って、手作りクロスボウを作成中。
「恒は亨る。終わりて始まる輪の内に。
理に巽いて動き、剛柔皆応ぜよ。
目覚めよ 雷の風 軽肉体制御 巧!」
ここから細かい作業になるから、魔法で器用さを底上げした。
うん。良いや。頭で考えた通りに指先が動く。
段々形になって来た。滑車を使わず先端の鐙に足を掛けて足の力と背筋で弦を引く、比較的引きの弱い物だけれど、重い矢を使えば威力は十分。猪や熊の毛皮でも貫き通す自信がある。
鎹で台に固定して、X字に組紐を掛けて縛りつけ。矢は軸が太さ四ミリはある菜箸のような物を使う。鏃は獣の骨を尖らせたもの。元の方に楔を打ち込み、出来た左右のひび割れに、ガラス質の石から叩いて剥ぎ取った薄い石の刃を仕込んで行く。
楔を外して石を固定。出来た鏃を糸で軸に固定して、さらに瀝青でしっかりと固める。
こうして作った矢は、殆ど使い捨てに近いその代わりに毛皮に対する貫通力は鋼の鏃に引けを取らない。
「ん?」
僕の周りにも子供達が集まって来ているのは知っていたけれど、いつの間にか僕を見る眼差しが、ネル様やデレックを見詰めるものと同じになって居た。
「皆! 明日は距離を稼ぐわよ。夕方までに獲物が多い場所に辿り着くわ。明後日は狩りで晩御飯はお肉にするわよ」
野営に入る少し前。地図を見ながらネル様が宣言。
準備万端。草鞋も一人当たり三足を編み上げて、鉄格子流用の槍も出来た。クロスボウも二挺ある。一本だけ追物用の鏃を付けたクロスボウの矢を作ってあるから、何度か練習させれば使える様にはなるだろう。
昼間クリスちゃんが取り分けた毒草は、潰して汁を塗ると大型の獣をも痺れさせる強力な物だ。
これなら、子供達を加えたメンバーで狩りを行っても危険は少ないだろう。





