拾い物-02
●拾い物
「兄ちゃ、この馬車も雲みたいだね」
今回の旅はクリスちゃんも同行する。前にチャック様から聞いたように、十二歳の試練は『小さき者の守護者』とも呼ばれ、引率することが試練の一環とされているからだ。
僕とデレックが交代で御者兼前方の見張りを務め、馬車は赤い砕きレンガの道を進む。
特に何事も無く、一週間ほど経過した頃。
「デレック!」
風の加護か耳の良いネル様が合図した。
「騒がしいわ」
僕も耳を澄ますと、確かに向こうから何やら争っている音が聞こえて来た。
「また襲撃か?」
デレックはそう言うけれど、襲撃される前から戦ってるなんて普通に考えればあり得ない。
まあ、待ち伏せてる最中に他の賊と縄張り争いになったとか、可能性はゼロじゃないけどさ。
「子供の悲鳴よ!」
ネル様の眼がきつくなり、前方を睨みつけ、
「馬車と子供が魔物に襲われてるみたいよ」
と言い添えた。
弓使いだけにネル様は流石目が良い。魔物相手だと言うならば、手助けするのに問題はない。まして襲われているのが子供なら。
僕はデレックと互いに顔を見合わせ、どちらともなく駆け出していた。
「マガクが五匹。油断するな!」
デレックが言う通り厄介な相手だ。見た目は野犬と言った感じだが凶暴さはチワワと土佐犬以上の開きがある。しかも厄介なのは、足にカモノハシのような蹴爪があってそこに麻痺毒を持っており、かつ熱病のキャリアーだってことだ。
しかも身体機能は犬の三倍から十倍もあり、走力もジャンプ力も咬み付く力もこれに倣う。
横倒しになった馬車が襲われている。荷台にあるのは大きな檻。檻は大人の親指程もある太い鉄棒の上に六角形の金網メッシュが掛けられており、中にはドンゴロスのような荒い布の服を着た子供達の姿。
不幸中の幸い、子供達を閉じ込めている檻の鉄棒や金網が、今は彼らの護りとして機能していた。
「スジラド!」
「うん!」
キュキュキュキュン!
遠過ぎるけど、マガクの注意を引く為に鉄釘を撃つ。釘は少し手前に土煙を上げた。
「来た!」
キュキュキュキュン!
矢のように突っ込んで来る三匹が釘の弾幕に突っ込み血煙を上げる。手負いになっても惰性で駆けて来るマガクの先頭の一匹が、僕達に飛び掛かった所で右眼に突き刺さるネル様の矢。
眼窩後壁を砕き脳髄を貫き先が後頭部に突き抜けた鏃も、すぐさま突進を止めるには足りず。大きく口を開いて飛びついて来た所を躱した所でやっと絶命。
続く二匹の片割れの、あばら三本にグラディウスを突き立て手首を捻るデレック。僕も擦れ違いに躱しながら、拍子討ちにその首を刎ねた。
ほんと魔物はしぶといね。刎ねた首が並木の枝に咬み付いたままぶら下がっている。
残り二匹。
「危ねー! 出て来るな!」
壊れた檻の出入口から這い出した子供に、一匹が飛び掛かった。
「うわっ!」
続く惨劇を思い浮かべる間も無く、
「ゴイン!」
飛び退いたマガクが鼻を抑えて悶絶している。何が起こったのか判らぬまま駆け付けた僕達を前に、悲鳴を上げながら逃げて行く二匹。
「臭っせー。お前何喰てるんだよ」
デレックが鼻を抓んだ。辺りには田舎香水の臭いが漂っている。
犬の何倍もある敏感な鼻で、至近距離からこれを喰らったら堪らないだろうな。
僕はマガクにちょっとだけ同情した。
子供達の服と言い、首に付けられた小型の南京錠付の首輪と言い、堂々と入れられていた檻の馬車と言い。この子達は輸送中のモノビトだ。
近くで事切れているそれなりの身形の人はおそらく人買いだろう。
果たして。馬車とその人を改めてみると、人買いの鑑札や幾つもの印紙の貼られた証文が出て来た。いずれも親か村長の爪印と、代官若しくは領主のサインがされており人物特定の為に墨で捺した子供の手形もある。この子達は正規に人買いに売られている。
総勢十人。北方の開拓地の出身者が多く、歳は下は四歳から上は十歳。男の子四人に女の子六人と女の子の方がやや多い。
売買理由も『口減らし』や『治療費捻出』等、経済的な理由が大半を占め。中には『両親死亡』や『開拓村壊滅』と言うのも散見された。魔物や賊の襲撃で孤児となった子供が中心だ。
中には親族の連座でモノビトに堕とされた者や、モノビトの両親から生まれた子供も混じっている。
「うーん」
唸るネル様。犯罪と言っても人を殺したり傷つけたりした訳ではない。村でのパン一個・川魚一匹・大麦一合等、ネル様から見たら取るに足りない盗みなのだ。
それだけに普通の開拓地の厳しさが並では無い事が想像出来る。
年齢分布は男の子は働き手として期待し難い幼い年齢に偏っており、最年少の四歳の子は男の子で一番上でも八歳だ。対して女の子は比較的高く売れる年嵩な年齢に偏っており、怪我をした跡取りの兄の治療の為に売られたと言う最年少の子でも七歳だった。
「マガクに人買い馬車が襲われたんだね」
以前人攫いに襲われてから。似たような事をしていると言う理由で、人買いに良い感情を持って居ないネル様の声は冷たい。
「兄ちゃどうするの?」
クリスちゃんが聞いて来た。
モノビトは資産扱いだから、こう言う場合は僕達の拾得物と見做される。近くの街に届けて略奪では無い証明を貰えば、所有するかあるいは相場の半額で引き取って貰える。それがこの世界の常識だ。
勿論、最低限近くの街まで保護する義務も僕達に発生している。
「ここから一番近くの街ってーと……。やっぱ神殿だな」
地図を確認するデレック。
「その間のご飯どうするのよ。後五日もあるのよ」
僕の顔を睨むネル様。
マガクに食い散らかされた食糧は役に立たない。と言って、僕達四人の手持ちも保存食が後六日分しかない。この数で食べたら一日分も無い
「裸足で五日も歩かせるの?」
と、僕を見詰めるクリスちゃん。
助けたのは良いけれど。面倒な事に為っちゃったなぁ。
思わず僕は、ゆっくりと流れて行く空の雲を眺めていた。





