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眞名解放-03

眞名(まな)解放

「我は言依ことよさす者。分かたれし(すさ)わたる兄弟が兄ライディン。我が眞名を以って力を解放す」

 赤い光が僕を包んだ。


『そなたもシャッコウか。だが千歳(ちとせ)の齢を重ねたる我に、力の遣い方を覚えたばかりの未熟者が勝てるとでも思うのか?』

 本体は痛くも痒くもない分体を使って、僕を飲み込もうとする。


 僕は雷の力を熱に変え、全身に電熱を纏い抵抗。取り込もうとした分体の身体を焼いた。

 それでもなお、取り込めずともスライムの攻撃は僕の身体に届き、酸が僕の身体を蝕んだ。

 さらに温度を上げて跳ね返しやっとのことで退けはしたが、電気の絶縁は出来ても断熱の術の無い僕は、自分の放つ熱量に身体を焼かれる。放電が生み出すオゾンさえも僕の肺を傷めつけた。


 そんな裏舞台を知らぬ周りから見れば、一見僕が優勢な戦いになった。分体の取り込みを跳ね返し、鬼神に愧じぬ武勇を振るい、前後から挟み撃ちに襲い来る触手を切断。分体や本体の身体をスパスパと斬り落している。

 突貫しスライムの中に飛び込み中からも焼く。切り飛ばしたスライムの身体を僕の熱で焼き溶かす。


 だけどこうして戦えているのは、痛覚の神経伝達信号を制御して遮断しているからに過ぎない。そして、筋肉を無理矢理電気信号で動かして、普段は使われる事のないものまで全て稼働させているからだ。


『正気かそなた。所詮は身喰いの(わざ)よ。長くは()たんぞ。しかもここまでして漸く七三の兼ね合いじゃ』

 そう。戦いは奴が七で僕が三。攻め達磨に攻め続けているから互角のバランスが保てているだけだ。


 そもそも、スライムはアメーバのような生物であり、それを制御する脳を持たない。

 核が擬似的に脳の役割を果たしているが、本体とある程度大きな分体全てを含めて瞬時に命令を下せる点で今の僕と同じ状態が通常の状態なのだ。その身も筋肉でこそないが、自在に動くことが可能なことは変わらない。


 対して、僕が優っているのは単純に魔法の適性による優位だけ。知識を用いて圧倒的に『見える』状況を作っているだけにしか過ぎない。

 実際。眞名を解放してから、僕の動きは少しずつ悪くなって来ている。自分の起こした熱で焼かれた身体が、使える力を削っているからだ。


 こうなると剣を貸してくれたアイザック様には感謝しなくちゃね。身体で殴る蹴るだけであったのなら、とっくに攻撃力を失って、対抗手段すら無くなって居たんだもん。

 だけど、あれ? 何で僕の攻撃が通り始めたんだろう? 身体の動きが鈍って来た筈なのに、今まで往なされていた攻撃が通用するようになって来た。


『若くとも、未熟であるとも、結局そなたはシャッコウか。このままでは共倒れじゃ』

 飛び込んで焼こうとした目の前の分体が退いた。同時に後ろから触手攻撃を続けていた本体も。


『是非も無し。我が亡ぶか、そなたが斃れるか。勝負じゃライディン!』

 大音響が僕の頭に鳴り響く。

『我は絵と書を司りし女神アイ・ミューチャ・ニュオニー。我が眞名を以って力を解放す。

 ()(ただ)し、()(ちゅう)に在るは吉』

 分かたれていた本体と分体が双方が河に入り、伸ばした触手を絡めて一つとなる。周囲の水を過剰なまでに吸い上げる。自壊寸前の状態まで水を吸って膨れ上がり、

『喰らえ! 焼けるものならば焼いてみよ!』

 僕にとっては天が落ちて来たような圧倒的物量。山を崩したかのような質量を以って、僕に襲い掛かった。


 真っ白な世界。でもさっきと違う。ここには僕しか存在しない。

(たお)したい!』

 力が欲しいと願ったその時。

 不意に現実に戻った僕の脳裡に宿る眞名。

「来たれ! おぎろなし御剣みつるぎ太刀(たち)()が名を以って僕は呼ぶ! 来よ群刀闇薙(ぐんとうやみなぎ)!」

 落ちて来るスライムの身体の中から、飛び出して飛んで来た一振りの剣。

 手にした僕を襲ったのは二度目の感覚。誘拐された時に握っていたあの刀の再来だと僕は悟った。


 天空からルルルと歌う風。大地からヨヨヨと謡う水。世界の息吹が僕の中に流れ込んで来る。

 ああこれが、邪神の用いた神殺しの刃だ。


()禍津神(まがつかみ)アイ・ミューチャ・ニュオニー。汝が有るべき場所に還れ!」


 硬い珠を断ち切る感触。弾け飛び四散するスライム。

 勝利を確信した時、耐えがたい痛みと全身の脱力が襲って来て、僕の意識は吹っ飛んだ。


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