眞名解放-01
●白い世界
そこには三人の巫女が居た。
一人ははっきりと、もう一人はぼんやりと、そして最後の一人はすぐ目の前に居たが、まるで幽霊のように存在が希薄としか言えない状態だった。
「また逢えたね。この前は近くに来たのに探してくれないなんて酷いじゃない」
と巫女は語る。
「ごめんなさい。でも、今僕は……」
「判ってる。でも、時の流れが違うから少しなら時間はあるわよ。
ここに来たって事は、何か大変な事に巻き込まれてるんだね」
僕が頷くと、
「これで三度目。どれも大変で落ち着いて話ができる状況じゃなかったわ」
「三度? 二度目じゃなかったの?」
「三度目で間違い無いわ。お兄ちゃんは前に二回ここに来てるのよ」
こうして僕と話しつつ、時折もう一人のぼんやりとした気配の巫女と話しているようだが、その声は良く聞こえない。
「……そうだ。前から聞きたいと思って居たんだけれど。僕はスジラド、君の名前は?」
すると巫女は、
「プロポーズ?」
と、嬉しそうに微笑む。
「ち、違うよ。ほら、なんて呼んだらいいのか判んないし。今度は君一人じゃないんだもん」
「ああ。そう言う事ね。わたしは『キミ』よ」
「え? キミさん?」
くすくす笑い出す。三人いるから君じゃ紛らわしいと思ったから名前を聞いたのに、寄りにもよって名前がキミさん。
「呼びにくいなら『イヌイのキミ』と呼ぶと良いわ」
キミさんはぼんやりとした気配の巫女と話し、
「この子も教えて良いって。こちらの子は『ユウ』と言うの。『ヒヨミノトリのユウ』」
巫女って不思議な名前なんだな。
「巫女じゃなくても眞名ってそんなものよ。お兄ちゃんだってそうじゃない」
「眞名?」
「私達が人の子で有り続ける為の封印の鍵と言ってもいいかしら。私達の本質よ。特にお兄ちゃんみたいなシャッコウはね」
「シャッコウ?」
「クオンに降りし神霊の事を言うの。人の子ばかりではなく、魔物や神木だったりすることもあるわ。大昔は沢山居たらしいけれど今は滅多に顕れないの。
シャッコウ様方は、信じられない知恵と力を持ってクオンに降り世界を変えて行ったのよ。例えばクオンの国を拓かれた初代の皇帝陛下と皇后陛下もシャッコウ様だと言われているわ。
だけど中には祟り神のシャッコウも居たし、人の子を家畜程度にしか考えてないシャッコウも居たわ」
「へー」
「眞名は太初のシャッコウ様が定められたものなの。巫女の眞名は、御法の君イクイェヂ・ホート・マーメィ様より伝えられた、加護の力を引き出すものなのよ」
「それで、そんな奇妙な名前なんだ」
と可笑しみながら、もう一人の巫女を見る。
あれ? さっきより存在が希薄になっている。
「どうしたのこれ!」
するとキミさんは、
「コンちゃん危ないかもしれないわね。消えちゃうかも」
はっとした僕は、目を瞠る。希薄な巫女の口がゆっくりと動いてる。
ニ・チャ・サ・ヨ・ナ・ラ と。この子が誰か僕は悟った。
「ここって時間流れないんでしょ?」
「そんなことは言って無いわ。流れが違うだけよ」
「帰らなきゃ! 助けなきゃ!」
僕がそう願った時。
「どうした?」
どこかで聞いたことのある声が聞えた。
「どうした? ライ……」
呼びかけられた名前を掻き消す様に、
「帰らなきゃ! 助けなきゃ!」
構わず言い返すと、次の瞬間僕は中州となった場所に居た。
伸ばした手の中にあるアイザック様の剣。その切っ先から稲妻が放たれ一直線。
クリスちゃんに迫っていたスライムを直撃した。
『童如きが我に傷を……』
僕の頭に響く声。
「今だ! 懸かれぇ~!」
クリスちゃんから離れたのを戦機として、アイザック様の郎党達が取り囲んでの一斉攻撃。
三人一組で燃え盛る丸木の松明を抱え、破城鎚のように叩きつけた。
『無駄じゃ!』
しかし結果は、スライムの身体の表面を焼きながらも、瞬く間に飲み込まれてしまった。
「うわぁ~! お前らぁ~!」
仲間の声も空しく、一番槍の三人がスライムに即座に取り込まれ、その他の者が這う這うの体で遁れて再び立ち上がった時、彼らの得物はアレナガ達に向けられていた。
「ちっ。操られたか」
血を吐くようなアイザック様の声が、僕の横から聞こえた。





