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スライムを討て-07

●合体


 最初は染み出すように流れ出た水は、やがて勢いを増した濁流に変わる。


「まるで荒ぶる水の龍だ」


 切った積水の勢いと河幅は僕の予想を遥かに超えていた。少しでも高台へと登るタケシ。最早予定の道で帰還することは不可能だ。


「アイジャック様大丈夫かな?」


 この状況で他人を心配出来るクリスちゃんって、物凄い大物かも。と思いながらも、多少の余裕が出来た僕は、駆け続けるタケシの鞍に座り直し、前に座らせたクリスちゃんを腕の中に収める。

 さっきタケシに咬まれた首が少し疼くけれど、僕もクリスちゃんも大事無い。


『行くぜ! 絶対に俺を疑うんじゃねーぞ』

『うん。クリス信じるよ』

『ああ』


 返事を聞いたタケシはスピードを上げて、岩場を真っすぐに駆け上がる。その横を並走するかのように横を飛ぶチカ。


『行くぜチカ!』『よし来たタケシ!』


 岩場の頂を越え、崖から身を躍らせるタケシ。僕達の身体が浮き上がる。

 タケシが白くチカは赤く輝いたかと思ったら、


『『彼ら野に(おい)てす!』』


 タケシとチカの声が唱和して、タケシの下にチカが回り込んで支えたかと思ったら、眩いばかりの光の彩が混じり合い、辺りは明朱鷺色に輝き渡る。

 気が付くと、僕とクリスちゃんは翼を生やした天馬の上に乗っていた。


『『驚いたか? あの濁流を渡るにはこれに限る』』


 重なるチカとタケシの声。


『聞いてないよ!』

「すっごーい! 兄ちゃ兄ちゃ! クリス達お空を飛んでるよー」


 はしゃぐクリスちゃんの声が、大空に木霊した。


●人の子の分際で


 健気なり! 燃え盛る炎を背にして戦う俺の(つわもの)共。


「大した武辺も無いくせに、魔法の一つも使えぬくせに。俺に付き合い死戦するとは大馬鹿者め!」

「死ぬのは順序がありやすぜ。ここで御大将に死なれたら、俺達に明日ってもんがあるんですかい?」


 少々どころかてんで指導が足りてないグンペイが、利いた口を叩く。


「そうそう。皆自分の意志で戦ってんですぜ」


 口を挟んだのはスジラド手下(てか)のイヅチ。名は確か……。


「リョウタとか言ったな」

「へい!」

「なんでお前がここに居る」

「へい。付いて行くにもおいらだと足手纏いになりますから。ならば、うちの大将の奥方と成られるかもしれねぇナオミ様をお守りしようかと……」

「粗忽者! まだあ奴をそこまで認めた訳では無いわ」

「へい! 成られるかも知れねぇってだけで、おいらが推参するにゃ十分と言う事で」

「勝手にしろ! 勝手働き故、褒美は出せんがな」

「褒美ならうちの大将から頂きます」


 酔狂な事だ。だが、いざと言う時、ナオミの盾になってくれる者が居るのは心強い。

 次第に下火になって行く燃え盛る櫓。今でさえ、辛うじて抑え込むのがやっとの始末。そろそろナオミを逃す事を考えねばならぬ頃だ。


 こうして戦う事一時間。


「うわぁぁぁぁぁぁぁ!」


 突如上がった男の悲鳴。見えたのは山の様なスライムの巨体。

 炎よりも高くそびえ立って、火の収まるのを今か今かと待って居るようだ。


「奮えカルディコットの勇士! まだまだ我らは戦える!」


 俺の一喝の叫び声は闘いの疲れもあって勢い少なく、間近い者共には通ったが、絶望に喚き散らす声の陰に上書きされた。


 だが、その喧騒すらも掻き消す轟音が、百雷の如く辺りに響き渡る。

 濁流が僅か一町先を通過して、そこでスライムの身体を切断した。戦力は大きく削がれたのだ。


「お兄様! 勝ちました」

「でかしたスジラド!」


 勝利の確信が俺に力を与えてくれる。消耗した筈の魔力まで、泉のように湧いて来る。後ろに濁流が流れているのだ。あそこに追い詰め落としさえすれば。


「リョウタ! ナオミを連れて向こう岸へ渡れ」

「ヘイ!」

「袋を火に投じよ!」


 俺の号令に除虫草を詰めた袋が投げ込まれた。

 もくもくと立ち上る煙に、押し寄せていたスライムは後退する。


「この勝負! 我らの勝ちぞ! 濁流に追い落とせ!」


 高らかに俺が勝利を告げたその時だった。


「あれは……」


 ナオミは目を瞠る。


『ほざくな! 人の子の分際で我に、神につ積りなのか』


 老婆を思わせる声が頭に響く。


(うぬ)らを喰らい尽くし、我が傷を癒してくれん。我は絵と書を司りし女神アイ・ミューチャ・ニュオニー。我が眞名を以って力を解放す。叫べ! 慄け! 絶望と共に我が肉と成れ』


 戦いの舞台が、地境の河と濁流に挟まれた中州と変じて行く中、蠢くスライムは核を中心に次第に形を変えて行き、人の形へと変わりつつあった。


●消える焔


「これが禍津神まがつかみ


 対岸を睨むアレナガが呟く。

 女神と名乗るだけあって、アイ・ミューチャ・ニュオニーの姿はゆったりとした服を着たふくよかな女性。顔は美しさの中に冷酷さを内包する幼顔。但し、肩に蠢くイソギンチャクを思わせる触手を多数持ち、頭が二階の天井に届く程の巨人であった。

 アイザックは切り札とも言える炎剣で斬りむすんでいるが、凝縮されたスライムはその身体の一部を硬化させ、対抗している。


「井(きよ)くして食われず 我が心(いた)みを為す

 (もち)て汲むべし 放て水の風 水撃」


 時折飛来するスライムの分体を水の礫で河に撃ち落とす。それでも落とし切れず、河を飛び越えてきたスライム達を、宇佐の(つわもの)達が除虫草を混ぜて作った松明で牽制しつつ何とか河へと落とす。


「核はこうやって潰すもんだぜ!」


 槍を振るうリョウタが手本を見せる。一突きに核を貫いたり叩き潰したり。

 彼もイヅチにしては中々の腕前だ。下等生物でしかない分体相手にだが結構無双の活躍をして居る。


「相変わらずスジラドの旦那はとんでもないな」


 リョウタにはこんな呟きをする余裕さえあった。


 アレナガは後方で、負傷者の手当てや物資と新手の送り出しを指揮している。


「流石閣下が見込んだ子だ。

 明らかにスライムの脅威は即興の対抗策で対処できるはずのなかった強敵だった。

 実際こうして優位に立っているとは言え、兵達の中には被害者も出ている。

 それをあの子の言う通り、水に落とすことでスライムを剥がし、犠牲を最小限に止める事が出来ている。

 私には及び付かない知恵者だよ。スジラド君は」


 しかし状況は思わしくない。拮抗しているが疲弊しているのは明らかだ。

 兵は勿論だが、アイザックの手にある炎剣も、斬り結ぶ度にその勢いは徐々に落ち始めていた。


「拙い!」


 遂にアイザックの炎剣が消えた。

 再び詠唱する間にスライムは膨れ上がって、ナオミの水礫も空しくアイザックを飲み込もうと襲い掛かった!


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